2003年11月30日日曜日

姫こぶし

先日(27日)に姫こぶしの名木を手に入れました
みなさんも経験があると思いますが、盆栽との邂逅はある日突然にやってきます

この姫こぶしは、いつも立ち寄る同業者Yさんの棚の隅に、他の盆栽と離れて一鉢だけぽつんと置かれていました
Yさんはあいにくと留守でしたが、まさか売り物だとは思いません

てっきりお客様の手入れ品と思って眺めていました

それから他の同業者の店を数軒訪ね、家に帰ろうと思ったころ、突然先ほどの姫こぶしが気になりだしてきました
なぜ他の盆栽と離れて置いてあったんだろう?
姫こぶしが置かれていた預り物の棚の盆栽の中で、なぜあれだけが手入れ済だったのだろう?

無意識に車は迂回して、もう一度Yさんの店の方角へ向かっていました
Yさんは帰宅していました

「この姫こぶし売り物かい?」と聞いてみると
なんとなんと、今日売り物になった、という返事です
六感が冴えていました

お客さまからの預り物だった姫こぶしを
その朝、Yさんが譲り受けたそうです

ラッキー

あのまま帰ってしまったら
今日来なかったら
思うとゾッとしました

それから、懇願して譲受けたのはもちろんです
しっかり値切ることも忘れませんでしたよ

こうして姫こぶしは私の持ち物になったのです


取り木仕立ての姫こぶし
足元から幹の模様、枝順もばっちり

樹高は17cmぴったりです


枝ほぐれももう一押し


足元の曲
根張りも張りつつありますね
傷っけなんぞありません
木肌の時代感、ばっちり


後ろ姿
根張りのよさもわかるでしょ

2003年11月28日金曜日

雄山鉢考証3・雄山絶品

この項を書いている間に、昔馴染みの雄山の絶品に巡り会い手に入れたので
もう一日分「雄山の考証」を書くことになりました

この雄山鉢は 、雄山の文字を二重に囲ってある落款から
昭和50年代の作品と識別できます

絵は非常に繊細で、呉須の色調もいいようでし
形もすっきりとした仕上がりです

足の作りも小さめで、雄山独特の鉢底の装飾もありません
初期の作品はまことに簡素な印象です


湖畔に張り出した家並みが繊細かつ正確なタッチで描かれており
遠近感が巧みに表現されています


側面をのぞく角度より
ボディーの隅がくっきりと切れています
これは昭和60年代以後の作品にはあまり見られない特徴でしょう


落款は二重の線で囲まれています
これは昭和50年代の作品であることを示しています


足の作りはやや細め、低めです

2003年11月24日月曜日

雄山鉢考証2





みなさんはどちらが古いものだと思っていましたか?

幸い、雄山の場合は、落款により制作年代を推測できます
「雄山」という手書きの文字を一重にマスで囲ってあるのは昭和50年代
その後にも、同じく二重に囲うようになります

上の赤絵(1)は一重に囲ってあります

昭和60年代になると(2)のように囲わなくなり、「雄山」とだけ署名しています

一説によると作者自身が、自分の作品の制作年代の識別のために
実行したことであるらしい

これでおおよその制作年代はわかりました
それを念頭に入れて改めて鉢裏を見てみると
かなり印象が違いますね

(1)の簡潔さに比べて(2)が装飾的になっているのは一目瞭然です
作家というのはおもしろいですね

年とともに枯淡の境地に到達して簡潔な作風に到達する人もいれば
その反対の人もいます

雄山の場合は初期の方が簡潔で、晩年になるほどカキコミがふえていますね
興味深いことです





年代を知った上で改めて作品を見ると、また違った鑑賞の仕方も出来ると思います
勉強になりましたか?

2003年11月23日日曜日

雄山鉢考証1

藤掛雄山は、昭和11年の生まれの群馬県在住の現役小鉢作家です
経歴をみると、昭和47年ごらから小鉢の制作に入り
同49年ごろには絵付け鉢に専念するようになったとあります

陶芸の道に入って30年、織物図案とその絵付けはそれ以前に習得していたといいますから
絵付け鉢の作家としてのキャリアは実質50年といっていいでしょう

経歴をみて改めて思うことは、やはりこれだけの作品を作り出すのには
他人には見えない助走期間も入れれば
やはり人生の大半をかけなければならないということです

いまや現役では月香と並ぶ東西の人気作家の双璧です

ここに鶉を描いた大きさと形の似た二つの雄山鉢がありますが
おもしろいことに制作年代がやや違い、呉須と赤絵です
作風の変遷を考証してみましょう





形の比較
縁の大きさ、胴の反り上がりの角度、足の形などに相違が見られます
縁の大きさは見たとおりですが、足の形も下の方(2)が装飾性が強い
上(1)は縁も足も簡素な感じに仕上げている

絵の比較
上(1)の赤絵の線は細くはっきりしていて、地面の草の部分まで繊細に書き込んでいる
下(2)の絵は線がややおとない
足の文様は下(2)の方が装飾性が強い

どちらも上作であるが、作風の違いのようなものを感じます
やはり同じ作家の作品でも、時代によって作風がわずかに異なるようです

明日はそのあたりを考証してみましょう

2003年11月22日土曜日

紅葉・黄葉

おなじけやきでも紅葉するものと黄葉するものがあります
盆栽の場合、よく話題になるのは葉や枝の性(しょう)がどちらがいいという話題で取り上げられます

一般には紅葉するものの方が、葉が小さい、立ち性、節間(せっかん)が短い
などの特性を持っているといわれています

そこでけやきの実生を長年手がけているプロに聞いてみました
その結果は、確率からいえば一般にいわれているとおりである、ということです
ただし、例外はたくさんあるということです

つまり、けやきの葉や枝の性(しょう)は紅葉時の色だけが絶対条件ではないということですね

同じ親木から採取した種子からでも紅葉するものと黄葉するものは出るし
性(しょう)のいいものと悪いものとが出る、ということです
あとは確率の問題だけだそうです



紅と黄です
同じ親木から採取した種子から実生で育てたものです

これで安心しました

紅葉時の色にこだわらずに、あくまで木を見てその葉や枝の性(しょう)を判定すればいいのです

2003年11月21日金曜日

小品盆栽界速報



もう一枚写真を紹介しましょう

セリの風景を反対方向から見るとこうなります
左隅の上がセリ人で手前が検品係
私は赤の矢印の画面すれすれのところに座っていました

箱に入った品物がローラーの上を滑ってきます
小さくとも2,400っていう点数は半端じゃないです

みなさんかなり疲れていますが、セリは延々12時間続きました
慣れてるから、各人適当に息抜きしていますから案外スタミナ持ちますね

2003年11月19日水曜日

小品盆栽オークション速報(全国小品盆栽組合)

小品盆栽の大オークションが上野グリーンクラブで開催されました
第一日目の11月18日は下見会(一般愛好家の観覧日)
第二日目のの今日がセリです

出品点数はなんと2,400点が全国から集まりました
参加者は150人ほどです
開始は午前8時(ちなみに終了は午後9時でした・12時間労働)

それではセリの後半午後7時ごろの会場の雰囲気をお伝えします


朝8時から11時間経過
みなさんさすがにお疲れですが一生懸命です
盆栽見るのもういやだ~なんて人はいません、がんばってますよ
セリ人を努めるのは大阪の谷端さん


セリ人は7~8人が交代で勤めます
今度は橋本さんの番です
小鉢のセットがセリ台に乗っているようですね

音声入りならもっと雰囲気をお伝えできるのに惜しいな
けっこう緊迫しています

あれ!写真を撮っているがばれちゃった
とたんにこれ↓ですよ
いままで真面目にやってたのに、たちまちノリノリ状態
これが小品盆栽界のチームワークのすごいところ


ご紹介しましょう

1 セリ人の大阪の橋本さん ただいまお仕事中、一人だけ真面目顔(小鉢の鑑定名人・小品盆栽界の夜の帝王)

2 大阪の谷端さん 小品盆栽界のノリノリリーダー(朗らかな人柄で抜群の推進役・怪獣みたいに笑う)

3 東大和市の広瀬さん ご存知小品盆栽界の大御所(真面目な顔してけっこう冗談うまいよ)

4 三重県の太田さん 盆栽にかける情熱は特別(水曜会旅行記で紹介しましたね)

5 平塚市の小宮さん 小品盆栽界のお世話役、若手が慕ってますね、小宮パパー!(好みは高級志向です)

6 相模原市の今井さん 盆栽界の若きエース、通称チーちゃん(盆栽のセンス技術とも抜群・ゴルフもプロ並みの腕)

以上速報でした

2003年11月18日火曜日

市川苔州鉢


市川苔州作 瑠璃釉太鼓胴丸型樹盆(瑠璃ゆうたいこどうまるがたじゅぼん)

辰砂釉と並んで瑠璃釉も苔州が得意とした釉薬です
深みのある澄んだ色合いが特徴で、丸の鉄鉢形(てっぱつがた)や太鼓胴(たいこどう)に多く用いています
辰砂の渋い感じとは対照的ですね

また太鼓胴の鉢も苔州独特の形です
(苔州は無落款の作品が多いからです)
土目も鉄分の多い茶褐色です

作家によって用いる土や釉薬は特徴があり
ベテランになるとこの二つは、形や落款よりも鑑定の重要な決め手になります

特に真贋は落款だけでは決めかねる場合が多いので
土目や釉薬の特徴をよく覚えてください

一番いけないのは落款を鵜呑みにすることです
(簡単に写し取れるんですよ)

2003年11月16日日曜日

姫柿



柿の実成りは一年毎といわれています
昨年豊作なら今年は休み、それの繰り返しです
私の隣家にも古い柿木がありますが、やはり一年おきにたくさんの実が成るようです

この姫柿も昨年は実がたくさん成りましたが、今年は休みです
そのかわりに小枝がふえました
休みの年は小枝をふやすチャンスです
一年おきに木づくりに専念すると思えばいいんですね

このくらいに基本が出来た木は、小枝は針金を使わずハサミで作っていきます
全体の調和に逆らった徒長枝は切り、枝のほぐれを重点に仕上げていきます
実成り盆栽も、落葉したときに小枝がほぐれていると、一つ二つの実で風情を表現できますね

渋好みの人は、多めの実はかえって雅味が失せるといって、摘果するくらいです
あくまで木作りを主体に考えて培養しましょう

2003年11月15日土曜日

梅の花芽確認



早いものは夏の終わりごろ、遅いものでも落葉する今頃になると花芽が識別できます
花芽は秋の深みまりとともに少しずつ膨らんできますが、葉芽はそのままです

写真の艶をおびた芽はすべて花芽です
葉芽もあるのですが、小さくて画像では確認できません

梅やボケのように早春に開花する樹種は
晩秋から冬にかけての冬眠期間が非常に短いといわれ
これから冬に向っても梅の花芽は日ごとに色艶を増してきます

みなさん、観察です

2003年11月14日金曜日

名品復活



2003年8月13日のつれづれ草で紹介した楓の名品

夏の天候不順に生育のサイクルを狂わせ、培養計画が遅々として進みませんでしたが
秋口からの天候の回復のあかげでその後は順調でした

先日、紅葉の残り葉を取り除いてみると、枝数も増えています
肥料を控えたため、枝先も細めです
冬芽のしっかりしています

夏の頃はほんとにヒヤヒヤしましたが、天の神様のおかげです
水と肥料をを控えめにし、毎日ながめてやったのがよかったのでしょう

ここまでくればもう大丈夫
来年の春に植え替え、小枝作りと芯の完成を最大のテーマにがんばります

盆栽も毎年同じように育つわけではありません
気候やちょっとした手違いから計画が狂うこともあります

盆栽は、5年10年とそれら逆境の壁を乗り越えてこそ将来があるのです
簡単にあきらめてはいけません

調子が悪いとすぐに植え替えをする人が多いですね
それはほとんどの場合間違っています

原因をよく確かめてください
根づまりや根腐れが原因の場合はもちろん植え替えますが
それも適期まで辛抱してからです

調子が悪くなったらまずその原因を確かめること、です

2003年11月13日木曜日

中田武山検証

中田武山作

青磁釉の上から渋い色の辰砂釉をたっぷり施した丸型樹盆です
武山は栃木在住の作家
東福寺ばりの長方鉢には定評がありますが、このような丸型は珍しい
まさに武山の技量が非凡なものであることを証明する逸品です

青磁のいろといい渋い光沢の辰砂釉も素晴らしく
使い込みの時代感もよく無傷です

内径は9.5cm


猫足も品よくできていて鉢裏の姿もいい


上からの図

中田さんは多彩な人で
鉢の鑑定眼もかなりのものを持っていて、栃木方面ではファンも多いようです

最近は鉢を焼いていないようですが、まだ引退する年ではありません
これだけの才能を持った作家です
たくさん作ってもらいたいですね

2003年11月12日水曜日

草物盆栽要点



つる蕎麦とハゼの寄席植えです
地元のアマチュアの方が作ったものを、展示会の即売で譲ってもらいました

鉢をもっとおごってやると一段と見栄えがするでしょうね
草物盆栽の要点は、持込と鉢です

総合的な「美しさ」を表現すために、「鉢映り」を工夫します

まず大きさ
間口はまあこのくらいでしょう
深さ
草物の場合はなるべく薄い方がいいでしょう

植えてあるものがやさしいものです、角ばらない方がいいでしょうね
色彩
ハゼの紅葉時の赤やつる蕎麦のピンクの色を引き立てるような色彩の鉢がいいでしょう
白や水色、黄色系
また思いっきり渋い焼き締めもの

盆栽は鉢の選定でその表情ががらりとかわります
まあ、これでいいや、と思わないで「こだわり」を持って下さい

2003年11月11日火曜日

楓落葉

葉のある時期に手に入れた雑木は、落葉するまで待ち遠しい
期待と不安と両方の気持ちがあります

この甲羅状の根元をもった株立ちの楓も、夏に購入したものです
品定めには自信が有るはずですが、やはり一抹の不安があります

自然の落葉までは時間がありますが、もう葉を取ってしまってもいいでしょう
取りにくい葉は無理してはいけません、ハサミを使ったて丁寧にしてください



裸になりました
期待通りの、いい子でした

幹や甲羅に切り傷もないし、幹の長短や流れなど全体のバランスも申し分なしです
暴れた徒長枝だけ整理してみましょう


主幹を中心に7本くらいの子幹がバランスよく立っています
甲羅はこの楓の最大のセールスポイント、無傷です

来年以降の培養計画

化粧鉢に入れる
丈を伸ばさないように気をつける
芽先の勢いを制御して、フトコロ芽を大切にする
小枝を増やす

2~3年がんばると、かなりの出世が見込めます

ちなみに、取り木仕立てです

2003年11月10日月曜日

けやきの紅葉

植物学的にみると、紅葉や黄葉のメカニズムはけっこう難しいようですが
盆栽界では植物を扱いながらもそのあたりの科学的ね説明は、ちょと苦手ですね

前にもお話したように、日によく当てて、冷えた夜に葉水をやると紅葉が促進されます
お試し下さい

また鉢の中の水分も関係があるようです
水も肥料もタップリしている盆栽は紅葉が遅いようですが
それはそれで目的が違いますから、むりやり水を控えるなんてことはしないで下さい

さて、盆栽屋.comのけやきも紅葉し始めました
日によくあったっていた裏側の方がよく色づいています

けやき正面

けやき裏面

こんなにも違います

盆栽はときどき日に当てる角度を替えてやった方がいいですね
紅葉の仕方、これが証拠です

それにしても紅葉はきれいですね

2003年11月9日日曜日

竹本・苔州の謎2

昨日のつづき

竹本鉢と苔州鉢の類似の謎を解く鍵は意外なところに有りました
30年の空白を埋めるある人物がいたのです

その人物Yさんは、すでに物故されていますが
若い頃より苔州と親交があり、また竹本の遺族の家にも出入りしていました
明治38年生まれといいますから、明治30年生まれの苔州とは世代的にも矛盾しませんね

代々東京で手広く盆栽園を営む家系に生まれ、ご自分も盆栽園を経営していました
晩年、跡継ぎの息子さんたちに苔州との親交を語っていたそうです

それによると、Yさんが竹本の没後に残されて竹本作の素焼き鉢を買い取り
それを親しい苔州に施釉、焼成してもらった鉢が存在するそうです

そうなるとその作品は、竹本のボディーに苔州が釉薬を施し焼成したのですから
二人の合作ということになりますね

また昨日の古老間に伝えられる
「竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する」

という話の真実性も出てきます

つまり竹本の石膏型を苔州に斡旋した人物もYさんであるという推理成り立ちます
これは確率の高い話ですね

ですから、合作と石膏型からの二つ理由から竹本鉢と苔州鉢には
大きさや形がそっくりで、土目や釉薬の異なる鉢が現存するのです

盆栽鉢の歴史に残る二人の作家の接点は、意外な角度から見えてきました
Yさんこそが小鉢史の舞台回しをしてくれた、キーポイントの人物だったのです

小春日和の一日、Yさんの息子さんのお話を聞きに行ってきました

竹本鉢

苔州鉢

似てますね

2003年11月8日土曜日

竹本・苔州の謎


昨日のつづき
竹本鉢と苔州鉢の類似の謎に迫ります

盆栽界の古老の間に

竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する

という説が現代まで伝えられていることは確かです

可能性のまったくない説ではありません
竹本、苔州ともに東京に住み、東京を拠点にして制作活動をした作家です

私は初めからこの説に異論はありませんでしたが
竹本隼太の没後(明治25年)から、明治30年生まれの苔州が鉢の製作を始めたと推測される
大正から昭和の初期まで、にかなりの時間的な空白があるのが気になっていました

明治30年生まれの苔州は、その全盛期といわれる昭和の初期には30歳の年齢に達しています
つまり約30年間の空白があるわけです

近世盆栽鉢史において30年の歳月の空白は長すぎますね

つづく

2003年11月7日金曜日

竹本対苔州1

小鉢の世界で竹本隼太、市川苔州といえば古典の最高峰の作家ですが
その両作家が、数多くの似かよった作品群を残しているのです

竹本隼太作・青磁釉正方
市川苔州作・瑠璃釉正方

↑の二つは間口がそれぞれ約3cmのほとんど大きさの似かよった豆鉢です
相違点は釉薬の色と、竹本は隅を切ってあるくらいです




しばしば鉢の鑑定の決め手となる土目もやや似ていますし
おまけに足の形までそっくり(やや大きさがちがいますが)
水穴の開け方までそっくりです

これでは異なる作家と断定する決め手が見つかりませんね

竹本は明治25年に没しています
苔州は明治30年の生まれです

謎は深まるばかりです

つづく

2003年11月6日木曜日

盆栽の歴史2 

盆栽鉢の水穴

日本における盆栽の起源は、鎌倉時代に描かれた絵巻物に描かた資料より
平安時代まで溯ることができます
また室町時代の狩野派の屏風絵にもよく盆栽の姿をいかけます

江戸時代になると、浮世絵に町の女性とともに盆栽や盆栽売りの商人も登場し
庶民の間でいかに盆栽が楽しまれていたかよくわかります
盆栽の形も現代の盆栽にかなり近い雰囲気です

現代でも意外なところに資料(?)があるんですよ
「サザエさん」の漫画の中によく見かけます(な~んだ、って言わないで)
終戦直後の昭和20年代、まだ日本が敗戦の痛手から完全に抜け出せないでいる頃ですら
「サザエさん」のお父さんは庭に棚を作って、盆栽に水をやっています

さて、盆栽の歴史はもっと古いはずだとは思っても
確たる資料がないので、日本においては、そこから先は推測するほかはありません

ところが、ありがたいことに、お隣の中国では
近年、盆栽鉢の起源と思われる植栽鉢が描かれた資料が出土し
新石器時代(7000年前)から盆栽が楽しまれていたことが裏づけられています

もちろんその頃では、今のように庶民の趣味として普及していたなんていうことはありませんが
時の権力者によって、盆栽の原形といえる「盆器に草花を植える」ことが行われていたんです

すごい話ですね
7000年前の新石器時代ですよ
信じられないくらいです

その盆栽が日本に伝わったのは、案外古いことのように考えられます
(聖徳太子の時代よりはるか以前)

ところでみなさんはどう思いますか?
唐の時代に、宮廷で盆景を捧げ持つ侍女の壁画は見たことがありますが
あの皿状の盆器には水穴が開いていたのでしょうかね
横道へそれてそればっかり気になっているんです

つづく

2003年11月5日水曜日

兄弟木・秋雅展より

盆栽界には兄弟木ということばがあります
兄弟というからには、厳密には、同じ親木の種子や挿し穂から殖やしたもののことですが
そこは鷹揚な盆栽界のことです

同じ作者が作った、同じ種類の似たような樹形のもの、も兄弟木と呼んでいます
その場合の親とは、作者のことなのだと広義に解釈しているのですね

前置きはこのくらいで、本題に入ります



ある同業者の話によると
秋雅展に出品されていた↑の姫クチナシは、当園のクチナシの兄弟木だそうです
同じ親木から挿し穂をとったもので、樹形の基本は同じ作者だそうです
正真正銘の兄弟ですね

年齢はなんと5~6歳しか違わないようです
うッそォー
でも本当だそうです

あんちゃんの方がいやに老けてますね
体格もかなり違いますね



この鉢で5~6年育てると↑のような太幹の姫くちなしになります
もちろん上手に培養しての話ですが

現実のサンプルを見せられると、年月の力ってすごいと思います
このクチナシに限らず、5年の歳月にはかなりのことができそうですね

勇気をもらった姫クチナシの兄弟木の見本でした

2003年11月4日火曜日

盆栽と盆栽鉢の歴史1

古渡烏泥長方盆(こわたりうでいちょうほうぼん)

先日、掲示板で盆栽鉢の正面の話が話題になりました
その際に「盆栽鉢は香炉より品格が落ちる」という意味のカキコミがありました

これは黙って見過ごすことはできません

しからば(調子が硬いね)盆栽とは何ぞや、少しくらいは語らねばなりません

盆栽人の名誉のために

そのためには、私達は盆栽や盆栽鉢の歴史を知っておきましょう

しかし、盆栽や盆栽鉢のルーツに辿りつくためには
何千年もの歴史、美術史を遡ることが求められるようです

”いいんじゃん、楽しく盆栽やってれば”

みなさんが口を揃えてそう言ってくれれば助かるんですね
考えてだけで私も疲れが出てくるんです

ですがこの際、語らねばならないのです

文献によると、盆栽鉢の起源と思われる植栽鉢が
中国の新石器時代(7000年前)の出土品に描かれているそうです

そして隋や唐の時代(7世紀~10世紀頃)には
円形や連弁形や長方形の盆栽鉢が存在したことは、資料により明白な事実です

みなさん、自信を持ってください
盆栽や盆栽鉢は何千年前の人々にとっても愛好されていたんですよ

↑の写真のような「古渡り鉢」は、「野香炉」つまり、お墓の線香立てであったものを
盆栽鉢に転用したものだと信じている人たちがいます

しかし、この説はいまや否定されされつつあります

難しいことはこのあたりにしましょう

とにかく、みなさんは、何千年の歴史を持った趣味を毎日楽しんでいるのですよ
これは事実です

2003年11月3日月曜日

大助浪千鳥

大助の作品は、彼がボディーを作らず鉢の絵付け師として生きたために
土目、形、大きさはもちろん、絵の傾向も多様でした

平安東福寺が生涯自前の窯を持たなず借り窯であったために
その作風は非常に多様であったことと似ていますね



鉢作りといっても幾工程もあるわけですから
大助は結果として、絵付け師として生きたことが幸いしたような気がします

さて今日とり上げるのは、浪に千鳥の作品です
古くから日本人に親しまれてきたこの文様ですが、色絵は少なく
ほとんどが呉須(ごす・青い釉薬)で陶磁器に描かれています

大助は大胆にも複数の色を用いて浪千鳥を描くことに挑戦したのです
絵師大助はここでも非凡な力量を発揮しました

瑠璃釉薬の胴の前後に窓を切り
簡明な図柄に色数と色調を抑えて描いた浪千鳥は、可憐でしかも生きているような躍動感があります

大助鉢の傑作の一つに数えていい出来栄えです

あのドングリまなこのげじげじ眉毛のおっさんが
こんな可愛い千鳥を描いたなんて信じられませんね
(彼が生きていたら怒られちゃいますね)

2003年11月2日日曜日

秋雅展より

秋雅展で普通サイズの小品より小さめのミニの席を見つけました
樹種は控えてこなかったのでわかりませんが、流れとか高低強弱のイメージはつかめますね


雑木づくしの席飾りです
真ん中に置いた箱卓(はこしょく)のテンバの量感が利いていますね
この木の量感が足りないと席全体が締まらなくなってしまいます


敷物を敷かずに、床にじかに卓を置いています
これも新鮮でいいと思いました

近年飾りがていねいになり過ぎ
卓や地板を二重三重に用いているのに飽きていたところです
いいですねー

空間の広がりを感じます


草物盆栽作家・山根景子さんの作品の一部

短冊形の陶板を使っています

さすが山根さんです

この草物は三点セットの左側に位置している作品ですから
短冊は右に向かって流れるように組み合わせてあります(奥が右へ出ている)
反対の組み合わせだと左流れになって、定法からはずれます

2003年11月1日土曜日

秋雅展見学

恒例の秋雅展が10/31より11/3まで、上野グリーンクラブで開催されています
秋雅展は関東で開かれる小品盆栽の展示会では、規模もレベルも一番です

私も昨日行ってきました
平日ですがたくさんの見学者で盛況でした

売店もたくさん出ていて、売れ行きも好調のようです
売れ行きは業者の皆さんの機嫌でわかりますからね
もちろんみなさん御機嫌上々


会場の片隅では盆栽講習会
後ろ姿は講師の大和園の広瀬さんです
広瀬さんの講習は分かりやすいですね、真面目な人柄がよく出ています
生徒さんも熱心でした


会場の展示品の中に、六角鉢を使った盆栽を見つけました
伊万里焼の染付け六角鉢ですね
うれしいことに、足と角を正面にした正しい使い方をしています
小品業界ではリーダー達の指導がけっこう行き届いているようですね
盆栽はメギでしょう

今日と明日、まだ二日間あります
東京近辺の方はお出かけ下さい

上野公園内の水上動物園の入り口近くです

上野グリーンクラブ
℡03-3821-4587・03-5685-5656
午前9時から午後5時(最終日は午後4時まで)