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2022年6月12日日曜日

第14回日本盆栽展

昭和9年に開催された第1回国風盆栽展はその後順調に回数を重ね、あの太平洋戦争の始まらんとする昭和16年には、第14回を迎えていました。
それにしても、これから大国米英との開戦を意識していたはずの国民とその生活は、案外にのんびりしていたようですね。


130点の作品が出品されています。


東京都の上野公園内にある都立上野美術館が初回から現在までの会場です。


会長 伯爵 松平頼壽 小品棚飾り

明治から昭和にかけての盆栽愛好家。四国高松の松平家に生まれ、後に貴族院議長。小品盆栽を愛好研究し現代盆栽小品盆栽の基を築きました。


小松蒼松園 杜松 石菖

明治から昭和にかけての盆栽家。この方のお孫さんと筆者はけっこう親友です。


小出松竹園 五葉松 獅子頭もみじ 杉

現代は2代目さんが守っている東京の名園。


副会長 伯爵 酒井忠正 小品棚飾り

華族さまの趣味の域ははるかに超えていますね。

 

2019年5月10日金曜日

第15回国風展(昭和17年)

まさに太平洋戦争勃発寸前の昭和16年11月(12月8日真珠湾攻撃)、第15回国風盆栽展示会は東京上野の府立美術館に於いて開催されました。先日押入れを片付けていたらその前後の数年間の記念帖が出てきたのでご紹介いたします。

第15回国風盆栽展覧会記念帖 上野公園東京府美術館に於いて 

布製のハードカバーの上等の製本です。発行人は国風盆栽展の父とも称される小林憲雄を代表とする国風盆栽会です。

会長の松平頼壽伯爵のミニ盆栽飾り。杜松、小姓梅、ぶな、五葉松けやきなど、あまりにも有名な松平伯爵のコレクションです。古い写真であってもミニ盆栽の愛嬌のよさはもちろんのこと、卓台や鉢の素晴らしさも見てとれる貴重な画像です。
これらのコレクションの多くは惜しいかなその後散逸して、私などもその中の何点かを蔵する機会に恵まれたこともありました。


副会長の酒井忠正伯爵のミニ盆栽飾り。松平伯爵とともに戦前のミニ盆栽会を牽引された大家です。20年ほど前に、この酒井公遺愛の名鉢を数点まとめて手に入れる機会に恵まれたことを思い出しました。


2018年2月16日金曜日

国風雑談

国風盆栽展示会の審査の雑談記事(複数)が私の過去の盆栽徒然草にありました。
既に10年以上前に書いたものですが、参照してお楽しみください。

とりあえず主なページへリンクしておきますので、いろいろ捜してお読みください。
普段みんさまでは見ることのできない珍しい光景もあるかもしれません。
どうかお楽しみください。

こちらからどうぞ

2018年2月15日木曜日

国風盆栽展第一回③


戦前の糸魚川産真柏の中でも屈指といわれた名木ですが、現存しているという話は耳にしたことない。他のこの白糸の瀧に比肩するような数々の名木も、培養技術の未熟さや戦争による社会の荒廃のために十分な手当てを受けられないままに、失われた例もかなりの数になるのでしょう。

それにしても、見れば見るほど凄いですね。力に溢れ、まるで天から舞い降りて来た龍か魔物のように生命をもった生き物そのもののようです。次には、一陣の風とともに再び天に向かって駆け上がって行ってしまうような感じがします。
戦前の盆栽史によく登場する「尾形雷園」と言うのはこの人でしょう。巧みな技とセンスで現代までも語り継がれている盆栽人です。小品棚飾り、杉、真柏。

天然彫りの高卓(こうしょく)に載った五葉松は、当代随一の名人といわれた斉田金作翁の長男・泰正氏の作品です。私は金作翁の次男の展司氏とはかなり親しく、さまざまな教えを受ける機会がありましたが、残念ながら泰正氏とはそういうチャンスを持つことはできませんでした。

右は三本足の卓ですが、まるで蝋燭たてのようで、いまでは見たことがありません。上には蔓性の植物が螺旋状に下がっています。
左のように平卓にバラバラと小卓を置いて無造作にミニ盆栽を飾るのを観たことがありますが、今ではこんな風にはやらず、もっと気取って飾るでしょうね

左右に真柏を置いて中央に更紗木瓜の一席です。現代では同樹種の飾りは避けるでしょうが、それでも木瓜との取り合わせは明るく綺麗な席になるでしょう。

野性味あふれた蝦夷松の寄せ植え。寄せ植えとは思えないほどの力が感じられます。

中央は五葉松の大懸崖、戦前の盆栽は葉がさが少ないので、現代の盆栽よりもややボリュームが小さく感じられますが、骨格はしっかりしていて骨太です。みごとですね。

一位の古木と左は真柏の一席です。

2018年2月12日月曜日

国風盆栽展第一回②

国風展の今年の入選率はおおよそ80%位だったように聞きました。ここ数年ではちょっとばかりですが、厳しさは持ち直したようです。この数年入場者数は伸びている感じなのに、一方出品数は伸び悩んで業界でもレベルの低下を恐れ危惧する声がだんだんと大きくなってきました。

というのも、つい10年ほどまえまでの競争率は驚異的で、国風展は落ちて当たり前の世界で、入選率は50%前後があたりまえで、厳しく高いハードルが当然と思われていたのです。ですから、国風展は何度も挑戦した挙句の10年選手が初入選することなど珍しくはなかった時代が続いていました。さらに、これほどの難関だからこぞ国風文化のレベルは維持される、と信じられてきた面もあります。

それでは、この国風盆栽展のごく初期のころの盆栽界ではどのような様子だったのでしょうね。
出品者の身分や職業、出品数や樹種、それに樹形の傾向など、推測すれば興味はつきません。

左から石榴、五葉松、真柏の順の一席。現代では三点飾りの場合、一点は草を入れて総体のバランスをとったり季節感を演出するのが常套になっていますが、このころではまだ席飾りの定石の完成度が未熟だったような気がします。

上下三尺七寸(約1.1m以上)の真柏の大懸崖と木瓜と山桜桃。
この時代ですから、真柏は間違いなく山採りものでしょう。現代盆栽の方が葉数は多く作る傾向にありますから、もっとボリュームのあるすごい迫力になるでしょう。

昔はこのような飾り席も設けたようです。左は内村保夫氏の五葉松で、右は斉田金作氏の寒木瓜石付となっています。ちなみにこの斉田金作という方は、現代における木村正彦氏のような存在で、針金掛けによる整形の名人といわれた戦前の先駆者です。

大貫忠三氏といえば戦後のかなり長い時期まで活躍された盆栽史上有数の収集大家です。
左より真柏懸崖、富士桜、蝦夷松の三点飾りです。

それにしても、100年もまえの盆栽の写真を見ながらブログを書いていますが、それらの幹筋のいい、そして、しまりのある枝ぶりの盆栽たちを見ていると、ほとほと感心させられますね。

五葉松と真柏の一席ですが、山採りらしい上品な持ち込み品には感激です。
100年も前に盆栽がこんなに洗練されていたのです。感動!

九霞園の席。赤松の文人と蝦夷松の根連なり。
清潔感と優雅でゆとりのある美しさで溢れています。

佐竹義春公の五葉松の一席。

戦前の盆栽会において蝦夷松の収集家としての挿話が現代まで語り継がれるほどに有名な頼母木桂吉氏の一席。左は蝦夷松の根連なりの石付けと右は五葉松の懸崖。

2018年2月8日木曜日

国風盆栽展第一回

本日から第92回の国風盆栽展が開催されます。一世紀の長きに渡り戦中戦後の数年以外はずっーと途絶えることなく国風の文化を世に伝え続けてきました。
日本文化の特徴であるもののあわれや無常観、哀愁や情趣など、現代の日本人に通じる精神性がかたちづくられたのが、国風文化の時代といわれる平安の時代です。花鳥風月、雪月花など日本人特有の美意識の基礎も、この時代にかたちつくられた日本人独特の感性です。

昭和9年に開催された第一回の国風盆栽展の写真帳です。30年も前にオークションに出品されたのを落札したんですが、なんと10万円の高値でした。でも今となるといい資料にもなって、落札しておいてよかったです。先日ご紹介したのが第二回目のやつですから、この二冊から戦前の盆栽界の様子はかなり推測できる感じです。ちなみに、国風盆栽展写真帳の真ん中に全という文字が入っているのが、第一回という意味のようです。

現在のように日本盆栽協会という法人がありませんでしたから、編者発行人は現代盆栽界の恩人と言われる小林憲雄先生、発行所は先生が主催した叢會(くさむらかい)になっています。

上が会長・松平頼壽伯爵の席飾り。向かって左側の席の5点は、すべて伯爵夫人が自然採取して自ら培養したものであるとの解説があります。このことにより、安価な草木でも気軽に楽しむことが盆栽精神の真髄であると考えた会長夫妻の本意が率直に伝わってきます。下は副会長・酒井忠正伯爵の席飾り。

蝦夷松2鉢に石菖の三点飾り。現代の感覚でいうと石菖の位置が微妙ですが、強弱、高低のバランスなどは抜群です。

蝦夷松に白寒木瓜に草の三点飾り。蝦夷松のしゃれた模様が秀逸です。

蝦夷松の寄せ植え、現代から見ると素朴な作品ですが、自然で好感の持てる作品です。

第一回目の出品点数は約95点ほどですが、レベル的にはかなり高度な印象です。故にできるだけ頑張ってなるべく多くの作品をご紹介したいと思っています。どうぞよろしく。

2018年1月24日水曜日

国風盆栽展③

 前項では小さい盆栽(豆盆栽)についての変わりようについて、ほんの少々だけ触れてみましたが、今日は普通サイズの盆栽について古今を比較してみて、気がついたことがあったらあまり筋道に拘らずに箇条書き形式でもいいから挙げてみようと思います。

 もちろん、昔の盆栽の傾向を現代のそれと比べて、それらの優劣を比べるつもりではないし、またそんなことをしても簡単には結論の出るものではないでしょう。

 さらに言えば、そのサイズから重量感、さらにはイメージまで、誰しも好みがあってなかなか一筋縄ではいかないのが盆栽の道です。

 ですから、ここは謙虚で無欲になって、古今のそれぞれの長所も欠点も忌憚なく挙げてみたらいいと思います。いくら大家や名士の席であってもすでに一世紀近くも前の展示会ですから、今更遠慮することはありません。

他に他意はありません。すべて盆栽界の将来への提言と思って、遠慮なくいきましょう。

 そして贅沢な見方ですが、まずは ①樹形 ②樹と鉢とのバランス ③飾りのバランス ④卓台(しょくだい)などの選定 ⑤その他 の観点から忌憚なくいろいろと話題を提供してみましょう。


上は美術品の収集家で知られた東北の石油王・中野忠太郎氏の一席。向かって右から、内裏梅、真ん中が御所桜で左の高卓(こうしょく)に載っているのが初雁という品種の野梅です。

向かって左の初雁が幹模様といい枝ほぐれといい申し分なし、鉢映りも申し分なし。
向って右の内裏梅の卓台が大きすぎませんか?
卓台の高さで高低を演出しているけれど、鉢の大きさが3鉢とも似たり寄ったりで変化なし。
真ん中の御所桜がもっと小さいと、全体のバランスに緊張感が出るような気がします。
3鉢とも力の流れが向かって左へ斜めに向かっていて単調です。

一番だけは褒められるけど、こりゃ案外に厳しくなってしまいましたね(笑) 

九十歩紫雲氏の五葉松懸崖と五葉松株立ち。私たちが若いころ大先輩から、この伝説の大盆栽商のお話を聞かされたものでした。

主幹も添え木も同じ五葉松とはいただけませんが、樹形そのものは最高で、特に懸崖がすばらしい。
この席も二本の木の流れが、同じく左へと向かっていて不安定です。
卓台の選定っは適切です。
株立ち五葉松を思い切り薄鉢に入れて、はじへ寄せて植え込んだ感覚が光っています。
懸崖に添えた草ものの大きさがピッタリ。

伏屋源次郎氏の一席、蝦夷松寄せ植えと草ひもかづら。

温暖化の影響もあってか、この20年以上前から関東以南では蝦夷松の培養が次第に難しくなってきたようです。自生地の愛好家さんには申し訳ないのですが、蝦夷松の寄せ植えを見ると暫くぶりの懐かしい感じになってしまいます。

造形芸術である盆栽である以上、盆上に再現された大自然の風景は貴重です。
鉢の中の用土が少ないですね、これも培養の秘訣かもしれません。

岩波音吉氏の蝦夷松懸崖と五葉松双幹の一席。

現代の展示会では、主幹と添え木の両方ともが松柏類である場合、ほとんどご法度の感があります。
大小と高低のバランスはまあまあです、
五葉松の卓台が少々大き過ぎてしまりがない。
蝦夷松懸崖の、形にとらわれ過ぎない野性味ある味は捨てがたい。

以上褒めることよりも欠点ばかりが多くなってしまいましたが、みんさんはいかがでしたか?
個々には細かく申し上げませんでしたが、私の感じた印象の幾つかを大まかにまとめてみますと、以上のようになりました。

やっぱり昔の盆栽は痩せ型です。手汲みの井戸と水道の水量の差が如実に現れていると思います。
それに肥料や農薬だって問題になりませんね。

ただ、これは現代の盆栽がより優れているという意味ではなく
技術の発達によっては野性味などは失い兼ねないという意味でも有ります。

画像で見る限りでは、昔の卓台や根卓(ねしょく)は素晴らしい名品が使われています。
しかし、その使い方は現代のほうが洗練されているような気がします。

一席飾りの作法は現代においてさらに発展しつつあると思えます。

総合的に見て、盆栽の培養と手入れとは、作ることと反対に作りすぎないこととの間を根気よく行ったり来たりすることだとつくづく思います。
  


2018年1月23日火曜日

国風盆栽展②

おそらく私があと10年ほども前に生まれいたとして、さらに父親が盆栽趣味をたしなむような通人であったならば、父親に手を引かれながら浅草あたりの夜店で松平伯爵や豆盆栽作りの名人(中村是好はその弟子)として名高かった杉本佐七翁などにお目にかかる機会もあったかもしれません。



特権階級の存在した戦前であっても趣味の世界だけは特殊な平等な空気に満たされ、趣味という潤滑油のもとで仲良く楽しめる世界が存在したようです。

ところで、飾られている豆盆栽は現代に比べてどうでしょうか?写真だけでは分かりにくいですが一言で言うと、現代版よりもやや細めの感じがしませんか?


大品中品だけでなく小品さえも、現代の盆栽に比べると総体にやや細身ですね。いわゆるズングリムックリな、相撲でいえばアンコ型がすくないようです。

まあ、現代人の美意識や趣味性だって昔の通りという訳にはいきません。
豆盆栽にだって可愛さだけでなく、生命の漲る力が求められても不思議はないでしょう。

豊かな感受性を生かしていろんな盆栽にチャレンジしてみましょう。
このような昔の盆栽を観賞して少しでも参考になれば幸いです。