2005年8月29日月曜日

湧泉鉢のサイズによる線の研究

昨日買い求めた赤絵のミニ鉢の図柄が、偶然にも前項で紹介した五彩鉢によく似ていて
それを眺めているうちに面白いテーマを思いついたので、みなさんにお話してみます

月之輪湧泉の筆使いの繊細さは湧泉ファンを魅了する第一の要素ですね

「細い線でよく描き込んであるよ」
「線が細かくていい絵だよ」

これらは、湧泉の鉢を誉めるときの決まり文句です

ところで、ここに大きさの異なる湧泉鉢が二つ揃いました
赤絵と五彩の違いがありますが、ともかく図柄はよく似ていますので比較してみましょう


間口5.3×奥行4.7×2.0高さcm


間口9.4×奥行8.3×高さ6.1cm

どちらも、今まさに沖へ向かって舟が岸辺を離れたところで、船の形や人物の数などや違っていても
船頭が櫓をこぐ姿はそっくりで、作者の頭にイメージとしてインプットされている図柄は同じものといっていいでしょう

ところが赤絵と五彩との線を比較してみると、五彩のほうの線が太く強く感じます
??? 
湧泉の線はもっと細かったんじゃなかったっけ!

そういう感じを持たれても冷静になってください
比較した二つの鉢は大きさがまるで異なるのです

ちなみに、画面の大きさを比較すると五彩の画面は赤絵の約6倍あります
画像で比較するとおおよそ次のようになるんですね

五彩画を四分の一に縮めてみました
いかがですか?

線の太さはおおよそ同じになりました
面白いでしょ

以上のことからいえることは

湧泉の繊細な細い線は、ミニ鉢を基準にしているものであって
画面が大きくなればその分やや太く力強い線も使いこなす、そういう事実です

そして、大きな画面に描く場合、ミニ鉢に用いるような細い線ばかりでは
絵の印象が弱くなってしまうのですね

おわかりですか

これからは湧泉鉢に限らず絵鉢に臨んだ場合は場合は
線の太さ(細さ)と強弱、そして鉢のサイズまで考慮に入れて鑑賞するよう心がけてくださいね


それでは、ついでに赤絵ミニ鉢の画像もご覧下さい


側面をのぞく角度より
良質な磁器の土と釉薬が高級感を醸し出しています


同じく側面をのぞく角度より


反対正面


側面


側面


鉢裏のようす





落款は【月之輪湧泉】

2005年8月28日日曜日

湧泉五彩絶品紹介

絵鉢界の最高峰、月之輪湧泉五彩長方の絶品を手に入れました
ところで、名品を手に入れるためには、良い人間関係と、闘志と辛抱が必要です

普段から人間関係を大切にしておくと、話は思わぬ転回で自分に味方してくれるものですし
いざチャンス到来のときに、闘志さえあればなんとかなるものです

そして、辛抱、これが案外難しい
急いてはことを仕損じる場合もままあるのです

さて、手に入れた名品をご紹介しましょう
ごゆっくりご覧下さい


月之輪湧泉作・五彩撫角長方 間口9.4×奥行8.3×高さ6.1cm

この作品と意匠(形・デザイン)や絵柄の似ている作品が幾つか存在しますが
いずれも名品との誉れ高く、さすがに湧泉全盛期の作品であると高い評価を受けています

湖水の際の楼閣に二人の人物が居ます
樹木の緑、楼閣の屋根の青、着ている衣の赤と紫がそれらにうまく調和して鮮やかですね

足の渋い紫の意匠が使い込みの時代感とあいまって、この鉢全体に落ち着きを与えています


側面をのぞく角度からです


同じく側面をのぞく角度からです
楼閣の下に繋がれた舟の先には広々とした湖水、この角度のながめもすばらしい


反対正面

舟の上では二人の人物が相対して、舟を操る船頭の動きに躍動感が満ちています
遠くの山裾には雲がたなびいていrますね、これはこの山が非常に高いことを暗示しているのです


鉢底

時代感のある湧泉の鉢は少ないのですが
これほどの名作には珍しく、かなり使い込まれたことがわかります


鉢底


鉢底

茶色いのは水穴に敷いた網を止めた針金の痕でしょう
落款は【月之輪湧泉造】


正面拡大図

筆致は繊細を極め、その動きも速いですね
画面の細部にわたるまでに丹念な描き込み、まさに全盛期の作品です


側面拡大図

湖水に張り出した半島の描き方などは、後の作家・藤掛雄山などに強い影響を与えています


反対正面拡大図

船頭の股引と船の屋根に白色の絵の具が用いられています
さすがに手抜きはしていません


側面拡大図

対岸に立つ高士
楼閣の友人を訪ねる舟を待っているのでしょう


湧泉絵画の魅力に、四面の【廻し絵】の巧みさがあります

正面と右側面の角より見ます
左に楼閣右に対岸に舟を待ち岸辺に立つ高士

右奥に湖水は広がっています
構図もみごと


正面と左側面の角より見ます

角で絵の流れが寸断されることはありません
ここが優れたところです


反対側の正面と右側面の角より見ます

船の向かってる先の人物は既に動いていますね
表現が細かい


反対正面と左側面の角より

今回は【廻し絵】の魅力も知っていただきたく画像をたくさん使いました
みなさん。堪能していただけましたか?

2005年8月24日水曜日

がんばれ彦山人

先日ある同業者(Nさん)を訪ねると、彦山人の小鉢がたくさん入荷していました

およそ30鉢ほどで、大きいのは間口が10cmくらい、小さいのはほんの2cmくらい
形も絵付けの色もさまざまです

最近の作品らしく、彦山人が親しいNさんのところへ持ち込んできたということでした

「あれ、彦山さん人もけっこううまくなったね」
「うん、がんばってるみたいで、かなりいい感じになったでしょ」
「これ位の作柄なら人気も上向くよ」

ところが、鉢の内側に貼り付けた小さなプライスシールに書かれている価格を見たとたんに、びっくり!
「おーい、おい、なんだい、この値段は?」

「そんなにびっくりしないでしょ、宮ちゃん、それは本人が付けてきた値段だよ」
「それにしたって、これって、すげーぜ、この値段じゃとっても無理だよ」

そんなやり取りのあと、作柄の気に入ったのを4鉢だけ大幅値引きで求めてきたのですが
作者の理想とする価格と市場のそれとは、かなりの隔たりがあることを改めて認識しました

作者はみずからの「理想価格」で売りたい
しかし、私達のような盆栽屋にとっては、「適正価格」を読み取り販売することが大切な使命

ほんとうに実力と人気のある作家なら、みずからの設定した価格よりも
市場の流通価格の方がはるかに高い、そういうことも度々あるんですね

そして、作者にとっては、市場流通価格がみずからの設定価格より高くなろうと低くなろうと
どちらにしろ、すんなりとは納得しかねることが多いとは思います

しかし、市場に流通し揉まれた価格こそが、限りなく「適正価格」 に近いというのが私の持論です
価格評価は市場という目に見えないような世界で形成さてていくものなのです

「理想価格」と「適正価格」のギャップに直面するのは辛いでしょうが
いい作品を作りさえすればそのギャップは必ず埋まります、がんばれ、彦山人!


呉須の色も冴えてきました
形も安定してきました


安定したボディーの姿
絵にもう少し余白が欲しい感じですが、筆致の確かさはわかります


鉢裏の様子


彦山人の窯はきっと電気窯なんですね
電気窯特有の素直で鮮やかな色彩がきれいですね

ちょっとおとなしくて弱々しい感じはありますが、持ち味と言えば持ち味でしょう
ボディーの形も言うところはありません


鮮やかな色彩が施され、好感が持てます


この絵も色がいいですね
堅牢な感じはしませんが、素直な色彩が光ります


鉢底の様子

さて、以上の4点の作品を見てきた印象は、形もまあまあ、絵はかなり巧みで
特に色の使い方がきれいで好感が持てることです

それでは、もっと市場の評価を高めるためにはどのような工夫が必要なのでしょうか?

私自身の目から見て、まずは「土」です
もっと堅牢で上質の磁器土もしくは半磁器の「胎土」を使用してもらいたい

そして、「焼成」
現在の作品では温度が上がりきっていないようです
しっかり感を出すにはもっと高い温度が必要ではないでしょうか

「形」について言及すれば
もうすこし力強さが欲しい気がします

例にとると、足の付け方など、ヘラ痕が残ってもいいから
手作りの匂いが濃厚に伝わってくるような感じが欲しいと思います

以上、陶芸の粘土をいじくったこともない盆栽商人が、なまいきなことを言いました
本人が聞いたら憤慨するかもしれません

しかしいまや、彦山人氏は、「絵を描ける鉢作家」の数少ない一人であり、盆栽界にとってまことに貴重な存在
こんご更にレベルの高い作品を世に出していただきたい、と願っているのです

そして、氏は、松戸市に隣接する市川市に住んでいるので
なぜかまったくの他人のようには思えないのです

そんな思いから書いたこの項です

2005年8月18日木曜日

尾張鉢・傷か?

まずはこの尾張鉢の解説から始めましょう

昔から、お茶碗やお皿などの食器類を「瀬戸もの」と総称するくらいの窯業産地「瀬戸」
しかし、盆栽界では、そのあまりにも有名な呼び名の「瀬戸鉢」ではなく、やはり高級な感じがするのか、「尾張鉢」と呼ぶのが習慣になっています

そして、盆栽界で「尾張鉢」という名で呼ばれている鉢は、大雑把に言って、旧尾張藩の「お庭焼」(おにわやき・藩直営)の作品と
尾張の瀬戸市を中心にした地方で焼かれた「民窯」(みんよう・民間経営)との両方があるのです

まあしかし、江戸期に焼かれたもので素性のしっかりした「お庭焼」などめったにありませんから
ほとんどが「民窯」によるものだと思って下さい


尾張染付「四君子」  間口6.7×奥行6.7×高さ4.5cm

もちろん、この尾張小鉢も民窯の出です
外縁で隅入の愛嬌のある形で、特にこの寸法は稀少です
これよりも大きいものはけっこうあるんですが、このサイズが少ないことは、この道の収集家さんは知っているでしょう

四君子と総称される「蘭・梅・菊・竹」を四面に描き、使い味が抜群ですね
製作時期は、大正から昭和初期頃と推定しています











鉢底も時代感がこの通り、凄ーい!

絵付けがされている胴の部分は、おそらく時代感を擦り落としてあります
そうしなければ絵が時代の下に隠れて見えない、そうに違いありません


さて、珍品ですから入念なチェックに入ります

↑の全ての画像を検証すると、縁のあちらこちらに
釉薬のムラの凹みに黒っぽく時代感が染みこんだ箇所があります

一見すると傷のように見えますが
これらは文字通り釉薬のムラに使い味が染みこんだもので、傷ではありません

さて次へ進みましょう

磁器ものを鑑定する場合の大切な「コツ」を伝授致しましょう
それは、「光の来る方向に向かってものを見る」ことです

太陽でも電気の明かりでも、とにかく明かりを背にしてはいけません
見えるものも見えなくなるのです


なにか怪しげな雰囲気が感じられるので、明るさに向かって微妙に角度を変えながら検証してみました

すると、ほら、ほら、ありました、ありました!
前の画像では判然としなかった箇所(縁の中央付近)

表面のガラス質の透明釉(とうめいゆう)に貫入(かんにゅう)があるのが見えました
前の画像とよく見比べてください

さあ、こうなったら腹を据えて更に検証を続けます
これは果たして傷なのか???

このように、磁器の古いものの場合、縁だけでなく胴の部分にも不規則な貫入(かんにゅう)が見られることがあるんですが
そこで肝心なことは、その貫入の深さを見極めることです

簡単に言うと、その貫入が生地に達しているかどうかが「傷」と「貫入」の境目で
それはとりもなおさず「傷もの」と「無傷」の境目でもあるのです

ガラス質の層で止まらず生地に達しているかどうかは、鉢の内側を見ればわかります
内側がきれいであれば心配はいりません

幸いに、この尾張鉢の透明釉釉の貫入は縁の上部や鉢の内側に達してはいませんでした

盆栽界では、このような貫入を、「傷」として認定される性質のものとはしっかりと区別し
釉貫入(くすりかんにゅう)と呼んでいます

さあ、明るさに向かい、鑑定してみましょう!

2005年8月8日月曜日

大正鉢と支那鉢

大正常(たいしょうとこ)という言葉を知っていますか
大正常とは大正時代に日本の常滑地方で作られた鉢という意味です

明治時代に使われた盆栽鉢は、中国からの輸入品が主流で
国産の鉢としては瀬戸(尾張)や信楽など、ロクロ引きの丸型が多かったようです

現代盆栽にも通じる本格的な外縁長方鉢などは、未だ日本の窯元では生産されていなかったようで
大正時代に入る頃から徐々に作られ始めたといっていいでしょう

盆栽界であまりにも有名な小鉢である【尚古堂】も、その時代に中国へ発注して作らせたものです
そんな背景から、当時日本の窯元には長方鉢を作るだけの素地は育っていなかった、そういう推測も成り立つでしょう

ですから、【大正常】は当然のように土目も形からも【支那鉢】の模倣性が色濃く
中には支那鉢と識別が難しい作品も沢山あります

日本に存在する支那鉢の数が、飛躍的に増えた現代では識別の知識も普及しましたが
それ以前ではきっちりと鑑定できる専門家の数も少なく、それにまつわる悲喜劇も多かったのです

それでは大正常について検証してみましょう


正面からの図
スッキリとした直線と開いた胴の優雅でしかも硬質の曲線
これは支那鉢の持つ特徴をそのまま踏襲しています

また土目の色あい、これも支那鉢そっくり
この外見からの識別は難しい


中国の古渡りを模したスッキリとした直線と優美な曲線により構成された姿はみごとですね
胴の上部、周囲に廻された文様も、同じタイプが支那鉢にもあるんです


上部より内部を見ます
ここでも支那鉢との識別の決め手になる箇所はありません
ちょっと仕上げが丁寧すぎる感じ(この感じってやつが大切ですよ)


縁や隅の作りの細部を見てみましょう
比べるとヘラ痕がいくらかひ弱い感じです
支那鉢はもっと角張っている感じですね

うーん、こういう表現では微妙すぎて、わからないでしょうね、困った!


この画像ならもっと分かります
よく見ると横方向に刷毛目(はけめ)が見えますね、これです!

支那鉢ではヘラ痕はあっても刷毛目はありません
ここがポイント

つまり支那鉢は手早く一発仕上げ
日本鉢の方が仕上げが丁寧なんです


足の裏を見ると堅牢で艶のある土目で、支那鉢との識別はちょっと難しいほどです
ただし、足の付け方などが支那鉢に比べて丁寧で、ヘラ痕が見られません
このあたりもポイントです


堅牢で艶のある土目


落款を見てみます

【セン・シ・リン・セイ】の四文字
銭、子の次の文字はPCでは変換できないのですが
上が鹿で下が各、漢和辞典で引くと麒麟の麟の文字と同じだそうです

また篆刻文字であるため「子」を「号」と読んでしまって【銭号・ぜにごう】と呼ぶ人も多いのですが
正しくは【センシリン】と読むのです


さてさて、このくらいの説明ではまだまだはっきりとしない【支那鉢】と【大正鉢】の識別ですが
この落款を記した方向にポイントがあるんです

大正鉢の落款は左(右)方向の鉢の側面を頭にして記されています
ところが、支那鉢のほとんどは長方の正面(裏正面)方向を頭にして記されているのです

理由はわかりませんが、とにかくこの落款の捺されている方向は
識別の大きなポイントなのです

覚えておいてくださいね!
大切なことですよ