2003年12月25日木曜日

困った東福寺

昨日の東福寺(二代作)も↓の東福寺鉢も、同じ専門の盆栽業者が持っていました
ベテランが一目見ると、これがややこしい困りものなんです

初代に似せた複製品で、初心者にはかなり見分けが難しいしろものです
「これを悪用すれば被害者が出ること間違いなし」

私はつれづれ草の話題にちょうどいいいと思い、売買の交渉をしましたが
相手はなんと初代の作品だと思い込んでいるのです

無理もないことです
これは初代の作品にそっくりな複製品なんですね

このようなそっくりさんの複製品は、初心者はもちろん、業者もよく引っかかるんですね
専門業者は欲にからんで目が曇ってしまうんです(これが怖い)

この値段なら安い、絶対儲かるぞ!
と思ったときはすでに「どつぼにはまって」ます



全体を見た印象は初代の作品です

形の良さ
縁の縄目の巧みさ
足の形と大きさ

そのあたりがポイントですが、検証しても不自然さはありません
困ったものですね



「東福寺」の落款も鉢裏の隅に捺されています
これも初代の癖です

ほんとうに紛らわしい!



鉢裏から見た足の付け方です

このあたりになると、心持ち「だれた」感じがしますが
決め手になるなるほどではありません

どうしましょう、初代なのか複製品なのか、決め手はないのか?

あります、画像ではわかりにくいのですが、手触りによる土目の印象です
残念ながら、この鉢には土目に特有の堅ろうさと重みがないのです

非常に微妙なところです
いいかえると、第六感とさえいえるような感覚が決め手なんです

書いていてもどかしい
直に鉢を手にしてお教えしたい、と思います

「疑わしき罰せず」といいますが
鉢鑑定の場合は、「疑わしきは罰せられる」のです

境界線上にあるものは、複製品と判断します
特に専門業者の持ち物のときは、それを買う愛好家の不利益になるからです

よろしいですか
専門業者の持ち物は「疑わしきは罰せられる」のですよ

愛好家のみなさんは、このように紛らわしい東福寺に出会ったら
相手の口先は信じないで、自分の第六感をだけを信じて行動してください

欲しいときは、複製品の値段で買うのです

2003年12月24日水曜日

水野勇

水野勇って誰だのことだか知っていますか?
知らない、と答えた常連さんは、ちょっと勉強不足ですね

たびたびつれづれ草でとり上げている、平安東福寺(水野喜三郎)の二代目さんです
すでに物故されていますが、盆栽界ではあまりにも有名な名前です、覚えておいてください

二代目は大正6年生まれで
本格的な鉢つくりは、中年になってからはじめたようです

先日ご紹介したように、晩年の初代が二代目のデビューの手助けをするために
自分の作品に二代目の落款を印した、という話の発端はそのあたりにも原因があるようです

さて、盆栽界であまりにも有名な平安東福寺
最近では、「初代の真作」、「コピー作品」、「二代目の作品」の再評価の機運がさらに高まっています

初代の真作はもちろん人気評価とも不動のものですが
二代目作品の再評価が進んでいます

二代目作品と断定する条件は東福寺の落款に加えて
「二代」「勇作」「ゆう作」などの落款が印されている、二つ落款の作品です

今日も東福寺の話ですが、盆栽界に席を置く人にとって
東福寺のことは勉強しすぎるということはありません


平安東福寺(二代作) 梨皮泥切立雲足丸型樹盆(りひでい・きったち・くもあし・まるがたじゅぼん)
(寸法は間口15cm)

落ち着いた土目の色彩、均衡のとれた丸型、雲足でちょっぴり豪華さを演出
焼も堅ろうで、鑑賞、実用両面に向く、優品です


鉢の内側はヘラで掻き取る技法による仕上げ


足の付け方も、初代の指導が垣間見える


落款の押し方もきれいです
初代と同じ落款使用


この落款が二代作品の決め手

2003年12月23日火曜日

ばらのヤゴ芽

盆栽に仕立てられる樹種の雑木類の多くは、親株の根元からヤゴ芽・ヒコバエといって
不定芽が生え、株立ち状になる性質があります

樹種でいうとかなりの数になりますね
長寿梅、さつき、くちなし、ばら、桜、梅もどき、百日紅、水木等々です

これらのように株立ち状になる性質の樹種を単幹に仕上げるには
それなりの工夫と労力が必要です

親幹の根元に出るヤゴ芽を見つけ次第に爪で掻き取ることです
若い木ほど旺盛にでますから、油断は禁物です

ほっておくとヤゴ芽に栄養を取られて、親幹の勢いがなくなりますから
一年に何べんも掻き取る作業をします

盆栽としての樹勢が安定すると、だんだんに落ち着いて
ヤゴ芽の数も減ってきます

このような努力の結果に↓のような樹形が出来上がります
双幹ですからヤゴ芽の一本だけ活かしたわけですね


姫ばらの双幹


かなり樹勢が安定して、今のところヤゴ芽は出ていません
しかし油断は禁物ですから、見張りだけは怠りません

みなさんわかりましたか

樹種によってヤゴ芽がたくさん出て、一年の間に単幹盆栽も株立ち状になってしまいます
ヤゴ芽はすぐに掻き取りましょう

2003年12月22日月曜日

秀峰鉢(続)

長年盆栽屋をやっていると、時々おもしろい偶然に巡り会うことがあります
10月3日の盆栽つれづれ草でご紹介した秀峰鉢についての続報をお伝えします

最初の発端は、秀峰の焼き締めものでおもしろい鉢がある、との情報から
それは10月3日の紹介した鉢と兄弟作品ではないかと直感したことです


秀峰作 間口15cm
焼締外縁鋲打丸型樹盆(やきしめ・そとえん・びょううち・まるがたじゅぼん)

いらししてその鉢を買い求めてみると、やはり兄弟作品でしたし(1の画像)
この段階で、同じ形の釉薬ものもある、との情報も得ました

その結果手にしたのが2の作品です


秀峰作 間口15cm
緑釉窯変外縁鋲打丸型樹盆(りょくゆう・ようへん・そとえん・びょううち・まるがたじゅぼん)

以前に紹介した鉢と、形、大きさ、釉薬、すべて同じ兄弟作品です

陶芸家は注文制作するときでも、1鉢だけ制作することはありません
失敗したときに困るからです

少なくとも数個は同じ作品を焼くといわれています
その数個のうち、釉薬ものが2鉢と焼き締もの1鉢が私の手に入ったということです

最近の情報によると、この鉢はある人の注文により10数年前に作られたものだそうです
その作品が3鉢も手にできたということは、大変な確率ですね

つくずく情報をくれた人と偶然に感謝しました
そして嬉しくなって、思わずつれづれ草に載せた次第です

2003年12月21日日曜日

ネットで講評3・真柏の改作

この欄の第3回目は、掲示板の常連「リョウ」さんが真柏の改作過程の画像を送ってくれました

問題は正面の決定です、改作に望んでこれが一番大切なことですね
リョウさんの思い切った改作の様子を見てください

1 購入時

2001年12月購入時

・人工で曲をつけたものですが、よくまとまった樹形で、葉の性質もよい
・持込がいいの樹勢が旺盛、思い切った改作可能

2 正面

思い切りよく葉を少なくし、全体の骨組みを立て直し、将来の姿を検討したようです

・双幹風の差し枝に変化があり、全体に優美な姿が好ましく感じられますね

リョウさんはこの段階で再び構想を練り直したようです
その目的は、この真柏を小品盆栽飾りの主木らしく、本格的模様木として作りこむことです
現在の姿は、変化ある双幹であるが、主木としての力強さにかけると考えたからでしょう

改作の結果は次の三枚の画像です

3 改作後正面
樹高15cm×左右18㎝(足元幅7cm)

・足元に変化があります
・足元から芯まで隙のない模様が出て、激しさもあります
・向かって右の枝に表情があり、ポイントの枝になったいます
・リョウさん「向かって左の枝が変化のある幹筋を隠してしまっているので
 上部の充実を待って、将来は切る」と考えています

順当な正面でしょう、幹の捻転がおもしろく真柏らしい木姿です

4 改作後裏面(旧正面)

5 改作後側面

中間から上部の幹模様、枝順、前後の奥行き、が画像ではよくわかりませんが
この角度にも正面の資格はあると思います

足元の力が抜群だからです
そのせいで、泰然とし木の相が非常に大きく見える角度です

全体の講評
1 改作は成功しています、新正面も正解です

2 足元から3分の2までの幹模様が激しいので
  それに倣って上部の屈曲を強くし、模様に遊びのないようにする

3 頭はもっとつぶして幹の力を強調していく

4 サバの幅が細いので、将来ふさがってしまう恐れもあります
  幹の太り具合にあわせ、水吸いを削り、サバの幅をもっと広げた方がいいと思います

5 中深の木瓜型の朱泥の鉢が似合うでしょう

将来が楽しみです、がんばってください

2003年12月20日土曜日

初代と二代「東福寺」

東福寺の手捻り焼締めの小鉢です
どちらが初代でどちらが二代でしょうか?

初代東福寺は二代水野勇が鉢作家として盆栽界にデビューしやすいように
己の作品に二代の落款を押したこともある、という伝説めいた話が伝わっています

それを裏付けるのが、↓のような識別しがたい作品のの存在です
そっくりですよ


左右どちらが初代でどちらが二代でしょうか?


この二つは、初代と二代の識別の決め手になる
全体の形、土目、手捻りの指の運び、足のつけ方では識別不可能です

さいわい東福寺の落款と並んで二代の落款が印されていますので
右が二代とわかりますが、これがなかったらだれでも「両方とも初代」と判定するでしょう


もっとも鑑定の決め手になる、足のつけ方も初代の作風そのものです
これではいまは伝説的になっている話も、真実であったと考えられます

巨匠と呼ばれる東福寺も人の親だったんですね

2003年12月19日金曜日

宮崎一石鉢

絵鉢界の巨匠宮崎一石(大正8年~昭和59年)の作品を紹介します

最近手に入れた一石の作品を見ながら勉強しみましょう

一石は呉須絵、赤絵、五彩画の作品を残していて
胎土は磁器と陶器のものがあります

綿密なタッチ、構図の大胆さ、遠近感の強調などが一石の特徴で
非常にスケールの大きな画題を好んで描いています


間口10.6×奥行8×高さ4.7cm

この呉須絵鉢は磁器の作品で、濃い呉須の色で回り絵が描かれています
タッチは細密ですが、描かれている景色は非常に迫力にとんでいます

綿密かつ大胆な構図、まさに一石らしい力の入った名作です


遠景の山々は濃淡により遠近感を強調され、正面に樹木を置いた大胆な構図は奇抜
ポイントを強調する筆の使い方もみごとです


側面をのぞく角度
簡素な鉢の形も一石の特徴


側面の絵柄


側面の絵柄
起伏にとんだ山裾に生える樹木の描き方も抜群ですね


初期のものは小さな落款です

小さな落款も一石の自信の表れでしょうか
巨匠のの落款はそれだけで絵になっています

2003年12月18日木曜日

梅盆栽ミニ

古くから日本人のもっとも好む花物盆栽といえば、やはり梅でしょう

いわゆる花梅(園芸的な梅盆栽)は年末になると園芸店の店先に並びますが
本格的梅盆栽となると、やはり野梅でしょう

枝先が細く分岐し、持込により木肌がイボ状に荒れ
古雅の趣を味わえ、花物盆栽の王者の名にふさわしい品格があります

野梅の木肌が枝先までイボ状に荒れるには100年からの年月がかかるといわれています
↓の野梅の樹齢はやっとその半分の50年というところでしょう

野梅三輪といわれるように、野梅には満開の風情を求めません
寒気に楚々と咲く趣を楽しむのが、盆栽人の好みでしょう


樹高12cm
推定樹齢約50年の野梅古木のミニ盆栽



サバ幹の様子、上にシャリもあります
小枝の先の芽は葉芽です、今年は花芽がありません
野梅の枝先の細い性質のものは、花芽がつきにくいのです
花芽のことはあまり気にせずに、木姿を優先させて培養しましょう

2003年12月13日土曜日

雄山鉢の人物

雄山の記事が続きますね
雄山鉢の人気が高く注目の的になっているので、もう少しお付き合い下さい

雄山鉢の山水画に描かれている人物は
単なる点景としてでなく、画題に深くかかわっていることが多いようです

この雪景色に描かれた6人の人物たちも、絵に物語性を吹き込んでいます
つまり小さくは描かれてはいても、主役を演じているのです

こちらの面
一面の雪景色、家の戸口に二人の人物がいて
お互いに顔を見合わせて声を掛け合っています

何を語っているかはわかりませんが、近郷もしくはこの家の住人でしょう
笠を被っていないのと服装でわかります

一方笠を被った旅装の主従は、やや前向きな急ぎ足ですから
吹雪の中を、この屋を頼って歩いている様子が想像できますね


藤掛雄山作 染付外縁楕円樹盆(そめつけそとえんだえんじゅぼん)


部分の拡大図
雪道を急ぐ旅の主従
前かがみになって吹雪の中を歩く様子がよく描かれていますね

吹雪の中にみつけたこの屋に一夜の宿を請うのでしょうか


側面の図


こちらにも橋の途中に主従がいます
この二人は旅人の感じではありませんね

雪に閉ざされ退屈した友人を訪ねる風情です
碁敵ででもあるんでしょうか

家の中の人物は、はや戸口に向かっています
友人が待ち遠しかったのでしょう

このように一歩突っ込んだ鑑賞を心がければ
登場人物と雪国の景色は、さらに生き生きと見えてくるでしょう

みなさん掲示板に感想をお願いします

2003年12月11日木曜日

山もみじ枝作り

雑木類の作り込む過程で、小枝に針金を多く用いるのと
針金は枝の誘導くらいにして、ハサミで作る方法とがあります

両方の優劣は問題ではなく、どちらを選択するかは好みと目的によります

大昔と違い、ゆるぎない厳しい構図を求めるようになった現代盆栽では
針金なくして盆栽を作りこんでいくことは難しいでしょう

そんな中でも針金の使用頻度は人により異なりますが
針金とハサミの併用というのが現実的かつ合理的でしょう




この山もみじは、主に針金によって枝の矯めることを繰り返し
枝から接ぎの小枝、また次の枝わかれへと作りこんだものです

整理され抑制の効いた各枝の角度や枝わかれの様子から見て取れます
随分と手間がかかっています

枝の基本は出来上がっているので、もう針金はほとんど不要ですから
こんごはハサミと培養管理により小枝をさらに密にするよう心がける段階です

素材から作り込んでいくときに、今の段階ではどんな技術が必要なのか
何をしてやったらいいのか、それを見極めるのは経験です

針金の必要でなくなった盆栽にわざわざ針金をかけていたり、適期を逸したり
よく見かけますね

針金とハサミ
うまく使い分けてくださいね

姫りんごミニ



子供の手のひらにも乗りますね、可愛いでしょ

もちろん可愛いだけでなくミニ盆栽として見どころはあります

安定した根元には力も感じられますし、むっちりと量感のある幹は
うまい角度で半懸崖風に張り出しています

こけた箇所から芯と枝に分かれていますが
元に返って立ち上がっている方が芯です

幹に飛ばし傷はありませんし
肌も古くて古色感も十分です

半懸崖式のため実の下がったときに
幹の動きと調和がとれます

欠点といえば、鉢の色彩が赤であることぐらいでしょう
黄色、水色、白など赤い実を引き立てる鉢を選定したいものです

こんな姫りんごがたくさん手に入れば嬉しいんですが
簡単には見つからないのが現状です

2003年12月9日火曜日

友達紹介

自己紹介の欄でお話したように、私は神奈川県の生まれで
小学一年生で東京足立区に引っ越しそこで育ちました

19歳で親元を出奔し御徒町の友人宅に下宿すること4年余り
23歳の春に単身で松戸に移り住み、とうとう下総松戸の住人になってしまいました

ですから、子供時代の同級生や遊び友達が身の回りにいないんですね
あるときフトそのことを思い出すと、やや感傷的になることもあります
幼友達が身近にいたら、これも楽しいことだろうな・・・

それはさておきまして、現在の私にはいい友達がたくさんいます
上がりこんで一杯やるようなお付き合いをしているご近所友達だって、10人はいますよ
この10人だって、100メートル以内の「向う三軒両隣」の範囲でですよ
これって案外自慢できるんじゃない

もちろん盆栽を通じての市内のお友達もたくさんいます
私は業者で相手は愛好家ですが、何十年も気持ちよくお付き合いしていると
商売抜きの友達です

幼友達が身近にいない私には、何十年前の思い出話ができる間柄になった友達は
自分の生きてきた軌跡を確かめるためにも、何者にもかえがたい存在でもあります

前置きはこのくらいにして、きょうは私の大事な盆栽友達
芦田孝夫さんをご紹介しましょう

芦田さんは私と同じ年の施設園芸家で
今の時期はシクラメンの出荷時期で大忙しです


家の前の温室の一部
このような温室が10数棟あります
都市化された松戸市ですが、ここは別世界


芦田さんの作ったシクラメンの群れ
今年は天候に恵まれ、株の成長もよく開花も順調です


芦田さんご夫妻
ごらんのとおりきれいな奥様も働きものですよ
ご主人と一緒に男並みのお仕事も手伝います

誰にでも分け隔てなく接する公平無私な人柄は、信頼感十分
名実ともに松戸市の盆栽界のリーダーです
私もこのつれづれ草で、芦田さんの所蔵する小鉢を引用させてもらっています

2003年12月8日月曜日

大助初期作品

佐野大助の初期作品が手に入りましたので
ご覧に入れて検証してみることにします



おそらくは大助自身がボディーを形作ったものでしょう
素朴で技巧の感じられないボディーです
そうですね、今岡町直の影響を受けているような印象です

絵柄も友禅絵師であった大助の前身を思わせる、和服の意匠の匂いが感じられ
シックで清潔感があります



落款は佐野と釘彫りで書かれています
後に大助や大と印すようになりましたが、この時代は佐野としています

足の作りにも町直の影響があると思います
これから徐々に独自の作風を確立していく前の大助初期の作品
作家の軌跡を垣間見て、深い感慨を感じました

2003年12月7日日曜日

縄文土器

平安東福寺の作風が多岐であることはみなさんもご承知ですが
それにしても、この作品は変っていますね

まるで荒々しい縄文土器のイメージですね

粘土を手づかみにしてワッシワッシと捻るうちに
気がついてみたらこんな形になっていた、自由課題の無心な子供の作品のようです
そこからは東福寺の奔放で無垢な人柄まで伝わってくるようです

ところが、つぶさに観察してみるとそこには自由奔放なだけでない
製作過程での冷静な計算も見えてくるのです


縁の下の鋲打ちの間隔は正確ですし
その下の胴にある紐によって上部の強さを強調し
白い粘土の装飾ばかりが目立たぬように、冷静にバランスをとっています

またを中心にした左右の力の調和は、すっきりと取れています
グロテスクとさえ思える鉢全体の印象がこれによって和らいでいるのです


大きな装飾も見付をはずした斜めに付けています
これも正面を避けることにより、装飾の印象を和らげています



同じくこの角度も装飾の位置は正面を避けています
下の鋲も足の上にくるようにしてあるのは、正確さ、端正さを印象付け
グロテスクな印象に偏ることを和らげているようです

鉢底はすっきりまとめています
ここにも作者の意図が感じられます

足も細めの鬼面足ですね
腰高にすることにより、すっきり感をねらっているのだと思えます

みなさんの印象は?

2003年12月6日土曜日

におい楓



手のひらからこのにおい楓の大きさを想像してください
樹高はわずかに5.5cmです

根張りから立ち上がりにかけての力がありますね
におい楓特有のサビのきいた幹肌にも時代感がにじみ出ていますし
とくに小枝のが短くつまっていできています

このように小枝の芽先を短く作るには
芽摘み、葉刈り、水と肥料などに気をつけるほかに
どうしても持込の年月が必要になります

芽数がふえればふえるほど、徒長しなくなります
芽数が少ないうちはどうしても特定の芽に勢いが集中して
まとまりにくものです

盆栽もこの段階に達するのは大変ですが
これからがまた高いレベルでの楽しみが味わえます
またかなり難しい境地に入ったともいえますね

がんばろう

2003年12月5日金曜日

盆栽の古さ

盆栽において一番大切なこと、それは「古さ」です
折に触れてお話していることですが
盆栽の究極の目的は「古さ」の表現なのです

もちろん超初心の方に「古さ」をと真っ向から理屈っぽくいうと
何か盆栽が非常に難しいことのように感じられて、煙ったがられそうですが

私も超初心者のころ、ある著名な盆栽業者に尋ねたことがあるんです
盆栽で一番大切な頃は何かと

その時の答えが「古さ」でした
もちろんピンときませんでした

期待していた答えは、他にあったのです
根張りとか幹模様とか、枝ぶりなどがそれであったようです

経験を積むうちに、その根張りや幹模様、枝ぶりなどは
すべて「古さ」を表現するための「要素」であることが理解できるようになりました

盆栽の「古さ」はおもにその幹肌から判断しますが
せんじつめれば、根張りがイイということは、ただ単に格好がイイというだけではなく
古木感の表現なのです

野山に自生する樹木でも若木は根張りの発達が未熟ですね
古木になるほど根張りが発達し露出してきます
そのような自然界の姿が手本になっているんです

よろしいですか
根張り、幹模様、枝ぶりなどはすべて盆栽の古木感つまり「古さ」を表現するための要素です
江戸から明治へかけての文人趣味の影響を強く受けている現代の盆栽では
この「古さ」が命とされています



宮様楓の石付

古い木です
また石に付けるのも古さを表現するための一つの手段です

2003年12月4日木曜日

白花長寿梅

長寿梅の白花
やはり赤花の長寿梅とは性質が異なります

まず赤花が四季咲きなのに比べて、白花は早春の一回きりです
小枝の分岐もやや粗いようです

木肌は、黒っぽい赤花に比べて写真のように、時代を経るにしたがって白っぽくなります
ですから慣れてくると、花のない時期でも赤花と白花の識別が可能です

培養上はまったく同じ管理です


素朴な枝打ちの白花長寿梅

足元は濡れているので識別が難しいけれど
盛り上がった根元の座は傷っけがなく、逞しい感じです

長寿梅の株立ちでこのように座の発達したものを選ぶときは
座に傷っけのないものを選ぶのが無難です
将来腐れが入って座が崩れてしまうことが往々にしてあるからです


足元の座

2003年12月3日水曜日

梅もどき



梅もどきの株立ち

梅もどきは実物盆栽の王者といっても過言でない、確たる盆栽界での地位を確保しています
小さな真紅の実をつけるこの樹種の魅力を探ってみましょう

盆栽樹種としては一般に普及するには
長年小さい鉢での培養に耐えられる強壮な樹勢が必要で、まずこれが第一の条件です
普及しているほとんどの盆栽樹種は、この第一条件を備えているものです
その点、梅もどきも大丈夫、強い性質を持っています

根張りも長年の培養によりよく発達し、大木感を表現することができます
木肌も培養を重ねるごとに古色がまし、雅味がにじみ出てきます

さらに、実のない姿でも鑑賞に堪え得るほどに小枝が密にできることも
梅もどきの強みですね

実の小さめの品種がお勧めです
また葉の小さめなことも小枝がよくできる証拠です

そんな素材から挑戦してみましょう

2003年12月2日火曜日

町直瑠璃釉

今岡町直の瑠璃釉の楕円鉢
窯傷が少々ありましたが、色彩が抜群なので手に入れました

盆栽鉢において瑠璃釉は非常に人気が有ります
平安東福寺、平安香山、市川苔州、佐野大助など代表的な鉢作家は
例外なく瑠璃の鉢を焼いています

ところが観察してみると、それぞれに釉薬の色合いが、作家によって
また陶器と磁器によっても微妙に発色が異なっています

町直の場合も、瑠璃釉の作品が陶器も磁器にも存在しますが
お互いに持ち味が違います

この楕円鉢は磁器で、透明感のある澄んだ色合いです
同じ町直の瑠璃釉の作品でも陶器の場合は、透明感はなく
渋い光沢のイメージです

胎土の違いにより釉薬が微妙な変化を起こすのでしょう
そのあたりに気を配ると、また一味違った鑑賞の仕方ができるでしょう


透明感のある明るい瑠璃釉の町直鉢
ぐるっと回った銀色の窯変(ようへん)も魅力を添えています


「町」の落款