ラベル 盆栽屋.comについて の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 盆栽屋.comについて の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年1月1日木曜日

盆栽屋.com(Yahoo!ショッピング)

盆栽屋.com(Yahoo!ショッピング店)は2026年1月をもって閉店致します.長きに渡り,盆栽屋.comをご愛顧頂きまして,誠にありがとうございました.本ブログ(盆栽徒然草)は細々と続けていくつもりですので,よろしくお願い致します.何かございましたら,お気軽にE-mail(bonsaiya.com@gmail.com)または電話(090-2752-8660)でご連絡下さい.

---

  • 連絡先
    • 盆栽屋.com・みやもと園(宮本孝行)
    • Email: bonsaiya.com@gmail.com
    • 住所 〒270-0023千葉県松戸市八ヶ崎5-45-1
    • 電話 047-342-0256
    • 携帯 090-2752-8660

2016年1月29日金曜日

バージョンアップ

それまで数年間ワープロだったのが、PCを使うようになったのが2000年
3月にいじり始めて8月1日にこのホームページを立ち上げたことを覚えています

当時、ウインドウズは98だったような記憶があり
機種はNECのバリュースターだったでしょうか、その後に富士通のFMVも使ったような気がします

10年ほど前から我が家のPCは2台になっていて
1台は茶の間にあってオーナーはカミサンですが、一応家族全員用

さわるのは遊びに来る娘や息子とその家族
もちろん孫たちのゲーム用にも使われます

そして、もう1台は応接間にある私専用のマシン、わが「みやもと園」のホームページも
ここで作られているわけです

ところで、今使っているその主力マシンはあの悪名高きノロマのビスタで
しかもかなり老いぼれで、最近はちょくちょくフリーズする始末でした

いつダウンするかわからないPCに身を任せているのは
まったく不安なものですね

そんな訳で最近、追い詰められて我慢できなくなった私は
ついにPCの乗り換えを敢行したんです



さて、エイトは慣れるまでちょっと時間がかかりそうですが
ボケかかった頭と心にカツを入れるいい機会、と言っておきましょう

もちろん正直に言えば
少々ノロマで遅れていても慣れたバージョンの方が楽ですがね

でも、ここは食らいついていかねばなりません
いま遅れれば、差は広がる一方ですよ、なにせ世の中はすでにWindows10が当たり前ですからね



ところがです、パソコンの操作の方で戸惑っているのはまだ序の口でした

HP作成ソフトのホームページビルダーは
バージョン6であったのが何と、すでに20にまでアップされているではありませんか

世の中知らないうちに進化してるんですね
閉じこもって楽してちゃいけませんね(つくづく実感と反省)

こうなると、ほとんど別物のソフト同然ですね
まったくの初歩的な段階から入門するって感じです(追いつくのたいへん)

その他、写真加工ソフトのAdobe Photoshopも同じくで
私が10年以上使い慣れたバージョンは、既に跡形もなくなっているのです

というわけで、この10日ばかり
PCとアプリのすべてが新しくなってしまって完全に四苦八苦状態の盆栽屋.comです

以上近況報告でした

では!

2015年9月16日水曜日

佐治川石が改めて教えてくれた「光陰矢の如し」

今日のつれづれ草のこの長い題名の理由は
先月の末に、顔知りのセミプロさんから水石を三点譲ってもらったところからお話しなければなりません

さて、それらの商談の中で話を聞いてみると、その三点はある方から販売を委託されたものだということです
そしてそのある方とは、私とも顔知りでそこそこの交際ある隣市のSさんだというじゃありませんか

「じゃあ宮本さん、Sさんに携帯して直に相場を交渉すれば」
と言ってくれたので、Sさんと電話で交渉して話がとんとん進んで譲っていただいたわけですが

翌日から我が家の座敷に置かれた幸太郎、佐治川、貴船の三点が目に入る度
なんか以前どっかでお目にかかったことがあると思えてならなくなったのです

思い出せないけど、どっかでお目にかかってる気がするな
最初はそんな気がするな程度だったんですが、そのうちにだんだん確信に近くなってきました

でもはっきりした記憶にたどりつけない以上は
ただただ漫然とながめているだしかできませんでした

そして数日の後、名石の採れる鳥取県の佐治川付近とは
どのような環境なのだろうかと、「佐治川石」と何気なくキーワードを入れてググってみたんです

すると検索の10位くらいに、「佐治川石の鑑賞」というページが出現しています
うーん、こりゃしめた、と思ってクリックして見るとなんだか見たようなページが現れました

よく見ると、2004/2/27の盆栽つれづれ草のページで
何と、この佐治川石を教材にして水石鑑賞の解説しているじゃありませんか

こりゃ、驚いた!びっくりした!

この佐治川石は以前私の所有物だったんだ
それも11年も前に!

ということで、私の気のせいは本物だったんですね
もちろんその証拠は出ましたが11年前の記憶は戻りませんがね

まさに「光陰矢の如し」
時間を大切にしなくっちゃ!

ということで、11年前と今の画像を見比べてみてください
気のせいか現在の方が時代感と色つやがよくなっているようですね


佐治川石正面


佐治川石正面


主峰あたりの拡大図


主峰あたりの拡大図


右の裾野あたり拡大図

今日はたいしたお話でなくて申し訳ない
ただ、11年という予期しなかった年月が

あまりに造作なく過ぎ去っていたことに
ちょっとばかりショックを受けたようです

そのきっかけを与え、時間の大切さを気づかせてくれた佐治川石に感謝して雑感のメモとしました

よろしく

2015年9月11日金曜日

秋の長雨と病害予防

半世紀近くも同じ業界にいると日本中といっては大袈裟ですが、少なくとも関東周辺であれば
その土地土地で名のある盆栽屋には一度や二度はたいがい訪ねています

今回台風18号の大雨で氾濫して甚大な被害が出た茨城県の常総市にも
業界最古参と自他ともに認めるTさんという業者がおられて、今年の春ごろ私は何十年ぶりに訪ねたばかりでした

鬼怒川が決壊した場所は、Tさんのところとはかなり距離があるようですが
とにかく何事もないことを祈りながら、テレビでニュースを見ていました


千葉県松戸市内でも、一時は大雨・洪水警報が発令されましたが
私の町は高台なので雨には強い


それに、今回の台風は雨の量は多かったですが
盆栽人のもっとも嫌う「風」は案外弱かったですね、これには助かりました


ご覧のように遮光ネットの乱れはなし、よかった!!


ところで、おおよそ一週間ほど秋の長雨が続きました
このように低温で多湿の環境は盆栽たちにとってあまりうれしくはありません

整理活動は鈍ったところへ、病原菌の活動は活発になりますから気をつけなければなりません
トップジンMやベンレートなどで殺菌消毒しておくといいでしょう


病気予防の消毒のポイントは、図のように枝葉がぐっしょりと濡れて
消毒液の滴(しずく)がたれるほどにタップリやることです

回数の目安は落葉までに2~3回
是非ともお勧めいたします

それじゃあ!

2010年4月21日水曜日

地元の盆栽会

私の住む松戸市に日本盆栽協会の支部が結成されて40年
今年の2月に40周年を祝して記念展示会と式典を行いました

その続編として、収益(売上げの10%)を記念事業費の足しにするため
会員の親睦も兼ねた盆栽交換会を4月4日に開催しました

アマチュア同士の交換会は、参加者がセリ方式に慣れていないため
えてして雰囲気が盛り上がらす、なんとなく低調になってしまうことも多いのですが

松戸支部の場合はその心配はご無用!
(その道のプロのプロである私がいるからです・エッヘン)

出品物(盆栽や鉢類)の評価鑑定力や、売り手と買手の折り合いをつける説得力やタイミングなど
会場の雰囲気作りはセリ人の腕にかかっています(プロ専門の交換会だっておなじです)

そういう訳で、参加者約35名ほどで盆栽を囲んでワイワイガヤガヤ
会員同士の親睦と資金補填の目的を十分に果たせた有意義な一日でした



終了後に役員会を行い、その後に主だったメンバーで記念撮影(宮本撮影)
前列中央が支部長(会長)の真嶋誠一さん、交換会場は真嶋支部長宅のトラックのガレージだから雨天でも心配なし

ところで、画像をご紹介するにあったってよくよく眺めていたら
あれれ、撮影者の私を含めて16名のうち、50代以下の会員はわずかに3名で、あとは全員60代から70代です

全員で40名ですが、残る会員の中にも50代以下は数えるほどだ
30代が1名いるけど、うーむ、ここでも高齢化がかなり進んでいます

才能はもちろんですが、経験がものをいう盆栽界だから、高齢化は問題外とする見方もありますが
それにしても若い層が少ないことは後継者がいないということで、心細い限りですね

創立当時、私を含む数名は20代だったし
30代から60代、70代まで、年齢層はまんべんなく揃っていたはずなのに、いつのまにか・・・・

こりゃいかん
これじゃあ10年先が思いやられてきました

今回のように、当たり前のことに気がついて改めて唖然とするのは
私が小品盆栽やミニ盆栽を通じて、普段から若い愛好家さんに接しているせいでしょう

私のところの盆栽フリースクールには
30代の方が5名もいるので

自分の年を忘れちゃってるんですね、ミニ盆栽のおかげです

そして、この平均年齢の差が、普通サイズの盆栽界と小品盆栽界の元気の差となり
それが盆栽価格などに反映されているのでしょうね

この数年、しょうじき普通サイズの盆栽は値下がり気味なのに
中品サイズ、小品サイズ、とくにミニサイズはずいぶんと値上りしてます

ということで、今日は少々湿っぽいお話でした
みなさんの周囲はいかがですか? 若者はいますか?

今日の一言

高齢化、高齢化と言われているけど
高齢者が長く盆栽を楽しみ経験を積み重ねてきたことを誇るべし

ただし、その伝統を受け継ぐべき若者がいないことには、後が続かない
そして、後継者を育ててこなかったのは、まさしく高齢者の責任ではある

盆栽界においては、特にその責任は業者にあることは一目瞭然で
私もその一員であるからには、なんらかの責任を果たしたいと考えています

2009年1月21日水曜日

小野義真鉢の思い出

小野鉢には忘れられない思い出があります
30年のむかしのことで、私がまだ30代の元気盛りの頃のこと

Sさんという同業者が小野鉢の逸品の掘り出し物を手に入れた
という噂を耳にした私は、さっそくSさんのところへ出かけました

Sさんは、ある盆栽屋の物置の奥に積まれていた抜き鉢の山の中から
何かを感じ取って、ひとつの白磁丸鉢(間口30cm)を1万円で求めたそうです

期待に胸をふくらませながら家に帰って、泥とホコリに塗れたその鉢を洗ってみると
鉢底にこびりついた汚れの下から、あの小野鉢特有の「しゃれこうべ」の落款が姿を現したそうです

まさに、Sさん経験と勘の勝利だったのですが
この小野鉢は、どのような運命の軌跡をたどって、ありきたりな抜き鉢の山に紛れ込んでしまったのでしょう

「みやちゃんヨー、おれ、心臓がドキドキしたよ!」
Sさんは嬉しそうに掘り出し物の顛末を話をしてくれました

ただ、鉢は家の奥にしまったまま
いくらお願いしてもみせてくれません

どうやら、手に入れた原価を正直に公表してしまったため
欲しがる仲間たちが正当な値段を表示せず、Sさんは私もきっとそうに違いないと思い込んでいたのです

私はSさんに向って自分の考えをはっきりと伝えました
鉢を見せてくれさえすれば、Sさんの購入値段にはこだわらず、正当な相場を提示する

そして、私の示した相場が気に入ったらば譲ってくれればいいし
物足りなかったら断ってくれればいい、あんたも商売こちらも商売、男らしく勝負をしようじゃないか

納得したSさんは奥から出してきた鉢は、間口約30cmの丸鉢、ロクロ挽き
鉢裏に「しゃれこうべ」の落款の入った、まぎれもない本物の小野義真の逸品でした

さーて、こんどはこちらが一発勝負で相場を切る番
Sさんの原価はたったの1万円ですが、相手の足元を見ちゃいけない、姑息なまねをしたら失敗するぞ

高速で考えを巡らして私のつけた相場は、原価の20倍の「20万円」、ただし、原価とSさんの交通費1万円は別に支払う
つまり合計で22万円ということです

私は瞬時に考えたのです、合計20万円だとSさんの儲けは19万円となります
しかし、こ儲けは掘り出したSさんへの経験と勘への謝礼と考えれば、原価と交通費は別にして、きまりのいい「20万円」の方が気持ちいい

ということで、私の心意気を汲み取り相場にも満足したSさんは
「ここまで正当に評価してくれた奴はいなかった、ありがとう」と譲渡に気持ちよく同意、私は名品を手に入れることができたのです

その小野鉢は私の住む千葉県松戸市内の愛好家の愛蔵品であったのですが
その方が故人となった後、現在は東北方面の某愛好家の愛玩するところとなっています

長いお話になりましたが、そのときの経験が私のその後の盆栽屋人生の中で
掘り出し物の名品に出会ったとき、鑑定評価や売買交渉のときの大きな教訓となって活きています

先入感なしでものを見るべし、原価なんか目じゃない!!


小野義真(義臣とも書く)は明治初期から中期にかけて官界財界で活躍した有力者
自宅の庭に窯を築き尾張の名陶工・加藤正吉を抱え、多くの名品をプロデュースした稀代の趣味人です

本作品は故忍田博三郎氏の手を経て某愛好家により長年愛玩された名品であり
小野窯のもっとも代表的な小豆釉(あずきゆう)と呼ばれる辰砂の釉薬が深い輝きを見せています


小豆釉と呼ばれる小野窯独特の釉薬の輝きは、後の市川苔洲などの作家に多大な影響を与えました
名人・加藤正吉のロクロ挽きによる精巧な線の美しさが際立っています


釉薬の深い色彩が堪能できます


このようにシンプルな線の美しさが小野鉢の特徴です

小野鉢にたまたま捺されている「しゃれこうべ」の落款は磁器作品に多く見られるもので
本作品のような半磁器作品には落款がないのがふつうです


鉢の内側の拡大図、ロクロ挽きの痕が見えますね
加藤正吉のロクロ挽きの技術は当時神業と讃えられたほどでした

2004年12月10日金曜日

竹本鉢の思い出

竹本隼太は嘉永元年(1848年)の生まれで明治25年(1892年)に44歳か45歳で没しています
早死にですね

500石の大身旗本の身分に生まれながら維新の激動に遭い
陶芸への道へ進んだまったくの「変り種」です

竹本鉢といえば忘れられない若い頃の思い出があります

20代の後半ごろでしたね
ひとまとめて買った安物小鉢100個くらいの中に「おや!?」と思われる白磁の六角鉢を見つけました

うっかりすると瀬戸の安物の白磁鉢と見過ごすところでしたが
白磁の釉薬のコッテリ感が普通ではありませんし、磁器の白い土目もきめ細かくしかも力強い

「これは竹本かもしれない!」
直感的に感じました

「改」の文字のような落款が押してあるのもありますが、竹本鉢は落款がなくて普通です
まして間口5~6cmの豆鉢に落款が押されているのは皆無といっていいでしょう

さて、その白磁六角鉢が竹本であることを証明する手っ取りは早い道は
業者の主宰する交換会(私設オークション)に持ち込むのが一番だと思い立ちました

私は小規模な地方の交換会場へ持ち込みました
大きな会場だと、もし万が一「安っ鉢」だったら、大恥をかいてしまうと思ったからでした

実際には「竹本鉢だ」と言い切る自信がなかったということですね

さて、出品する番がきました
私はそれまでポケットの中で握り締めていたその豆鉢を、だまってセリ人の前に回転台に置いたのです

セリ人はむっとした表情で「なんだッ、これ?」と問いました
「鉢だよ」と返事をすると「アッタリまえじゃねえか!」と怒りましたね

たちまち怒ったセリ人は、500円の発句を切り出しました
これは怒るのも当然ですね、「鉢だよ」なんて返答は人を喰ってまったく失礼ですね

でも、私にするとそう答えるしかなかったのです
「竹本だよ」と言い切る自信はないし

かと言って「わからないんだよ」という答えもプライドが許さないし
また、そう言ったら最後、ベテランの猛者連中に買い叩かれてしまうのが落ちなのですから

「エーッ、こーいった鉢がーッ、500えん、500えん、エーッ、500えん!」
セリ人も竹本鉢とは気がつかないらしく「500えん」の繰り返しです

「やっぱりただの安っ鉢だったのかな」と内心後悔し始めたときに
「10まんえん!」と遠くから声がかかりました

わが耳を疑ってその声の方向に振る向くと
なんと斯界の大御所の某長老から「宮本クーン、その竹本、10万円でわしに売っとくれ!」と声をかけられたのです

一瞬のどよめきの後、会場はシーンと静まり返り、私とその大御所の長老との二人にだけスッポットライトが当たっている錯覚がし
私の目はその大御所の姿しか映っていない極端な視野狭窄に陥り、耳だって同じこと、他からの雑音は遮断された真空状態となっていました

結果は、もちろん売りましたよ、10万円は妥当すぎる値段でしたし
大御所の某長老は斯界の権威、それに逆らうだけの鑑定眼や見識が当時の私にあるわけありません

旧い懐かしい思い出であると同時に、
私はこの長老のおかげで貴重な勉強をさせてもらったこと、忘れることができません
盆栽屋は若い頃から現場の実践を積み重ねてこそ成長できるんです



さて、今回の竹本鉢ですが、青磁釉です
釉薬の表面に小さいひび割れがたくさんあります



これを貫入(かんにゅう)とか氷列(ひょうれつ)といい
細かい筋目であることから小貫入(しょうかんにゅう)といい、竹本の青磁釉の特徴です
一種の文様と考えればいいでしょう



竹本長方鉢の外に開いたボディーの角度や線の特色も↓の二つの画像も参考にして覚えておいてください







竹本鉢には内側に縁の返しがないのが特徴です
縁は外に開いたままですね、よく覚えておいてください



竹本には陶器も磁器もあります
陶器の土は茶褐色で重厚なこの土目が代表的です



竹本鉢の最大特徴は、石膏型による鋳込み式の技法で製作されていることです
内部の四隅に型に鋳込んだ際の凹みがあります

2004年11月19日金曜日

床の間大掃除

15年前に作ったお茶呑み場の床の間は、盆栽屋.comのショーウインドウの役目をしていますが
なにせ無類の片付けきらい、普段は物置のようになっちゃってる状態

二週間くらい前に一念発起
片付けましたよー!

天気のいい日に一日かかりました
完了した爽快感に、思わず写真を撮りました



ちなみに、この床の間のサイズは間口一間半(270cm)、そして奥行きが4尺5寸(135cm)
畳の広さでいうと2.25畳、坪でいうと1.125坪、ついでにメートル法に換算すると、えーとッ、そう、3.7125㎡

我々の世代は尺貫法とメートル法の端境期なので両刀使いですが
面積の実感となると、やはり尺貫法ですね

やはり畳の大きさが基準になっているようで、1畳、1坪
この土地は何㎡ですなんていわれたら即座に頭の中で3.3で割り算が始まる

家に関する長さは尺貫法がわかり安い、しかし、これがもっと長い距離になるとメートル法でないといけない
「この先を2町ほど行った左側の家さ」なんてどっかの爺様いわれたら、まったくアウトですね

話がそれました!

単に8畳の部屋にしては大きい床の間であるということを言いたかっただけ
そして、この間口はともかく、奥行きの4尺5寸(135cm)は床の間としては深すぎるようです

ついでに、床の間の歴史についてちょっと調べてみると
起源は室町時代あたりにあるようで、仏画の前に置いた花瓶・香炉・燭台などを載せる机から発展したもののようです

間口は1間(180cm)、奥行きが半間(90cm)が普通のサイズでしょうが
大昔はもっと奥行きが狭く60cmぐらいであったといいます

ですから、床の間の伝統的な形式からみると少々邪道ともいえるこの床の間ですが
盆栽屋のショーウインドウとしての使い勝手は上々

「宮本さんちの床の間は、魔法の床の間だよ、ここへ飾ると盆栽が高く(値段が)見えちゃう!」
かつて、ある親しいお客さんがそういって嘆いたので大笑いになりました

そうですね、いつもきれいに片付けてさらに大活躍してもらいたいですね!

2004年9月11日土曜日

懐かしい本

20年ぶりに物置の大掃除を思い立ち
畳にして4畳ほどの小さな物置の中身をすべて引っ張り出してみました

家を建て直した20年前に、捨てるには惜しいし新しい家には収まりきれないもろもろを
そっくりそのままその年月だけしまっておいたような感じです

20年ぶりにあけるタイムカプセル
さぞかし懐かしいものや捨てるに忍びないものに遭遇するかと思いきや、意外や意外

捨てるに惜しいものやこの先とっておきたいもの、ほんの少々だったのです
まして必要なものときたら、まるっきり皆無の状態

子供の幼いころの図画や工作類
私の若いころのノートやスケッチブック、それくらいしか残すものはなかったのです

書籍類もほとんど捨てましたが、ふと目に付いたこの本
私がこの地に住みついて間もなく触れたものです、これはとっておくことにしました



昭和42年 「光芸社」発行 杉本佐七編

最近ふと身辺を見渡してみると
私が盆栽の道に踏み込んだ時期の確かな証のようなものが、極端に少ないことに気が付きました

当時からお付き合いしている親友と話し込んでも
何十年前のことはお互いの記憶の中に、それもかなりおぼろげにしか存在していないのです

こんなことに気が付いたのも「つれづれ草」を書くようになり
みなさんに佐野大助や今岡町直などの鉢作家の思い出話や解説をしていく過程で

確たる年代や人間関係を正確にお伝えする責務を感じるようになったからです
決して年のせいではありませんゾ!

この本は確かな資料としてとっておくことにしました
私が松戸市に移住したのが昭和41年、その翌年に購入したものです

ぱらっとめくってひろい読みしてみると、おもしろい記述がありました
ご紹介しましょう

「小鉢の収集」という題で明官俊彦氏の寄稿があり
その中の今岡町直の解説の項です

小平市で目下大いに焼いている。すでに三、四千枚もでまわっているだろう。
益子焼系統をつぐ作風で辰砂、青磁などのものが多い。
はじめは、ほとんど、手びねりのものだったが最近は角のものを作る。
中村是好さんと知り合い、鉢をつくるようになったといわれる。
10センチ×6センチで二千円から三百円まで。
(原文のまま)

おもしろいことにおおよその相場にも触れています
思い出してみると正確です

私は当時今岡氏の売店で、500円の手捻り鉢を数個買った確かな記憶があります
上等の辰砂釉の長方鉢が4000円でした!
若造には手が出なかった!!

2004年3月7日日曜日

悪い癖

また私の悪い癖が出てきました

もう30年以上も仲良くお付き合いしている市内の盆栽愛好家のAさん
そのAさんの持ち物を欲しくてしょうがないのです

以前にこの欄で紹介した藤掛雄山の五彩の長方鉢
7~8年ほど前に私が買っていただいたもの、これが欲しくて欲しくて

ほんとに悪い癖ですね
お客様で、同じ年の親友で、同好の士

Aさんと盆栽や盆栽鉢の話をしていると、お互いに時のたつのも忘れて
午前様になることもしばしば、ほんとにいいお友達なんです

雄山の五彩の長方鉢で同じサイズ(間口13cm)のものは見たことがありますが
いずれも、この鉢の作柄には追いつくものではありませんでした

Aさんは、この五彩鉢と同形同サイズの雄山の赤絵鉢も持っています
機会をみて、Aさんにお願いしてみようと思っています

Aさんだって簡単には、うん、と言わないでしょうが、口説いてみます
一度挑戦しないと、人の持ち物をやらたらに欲しがる悪癖の虫が静かになりません



2004年2月16日月曜日

国風展でのこと

盆栽界の最大イベント、国風盆栽展が昨日で終了しました

さて、その4日目(2月11日)の午前中
上野グリーンクラブ向かいの東京屋弥生会館の駐車場でのこと

背後のシャッター音に気がついて振り向くと、野球帽にサングラス、おまけにマスク姿の体格のいいお兄さん
ん、ん、んーッ???

ヤバイ、強ソーッ!
(内心ややビビリぎみでした)



昨夜は東京弥生会館の大広間で行われた特別オークションでセリ人を務め
そのあと、広小路近辺を深夜までうろついていたので、まだボケボケのお疲れ

私の不審そうな渋い顔を見てください
後ろ姿は小品盆栽の湘風園の小宮さんです

そのうちサングラスにマスクのお兄さんが大声で笑い出し「おじさんッ、おじさんーッ」
その声を聞いて「あッ、またいっぱい食っちゃったッ」と思いました

そのお兄さんは、知り合いの歯科医の先生です、してやったりの嬉しそうな笑い
「せんせーいッ、ひどいよーッ」

先生はいつも変装してるので驚かされれいますが
こっちは変装の仕様がない!



というわけでここでにっこり、はいポーズ

先生は皐月盆栽の愛好者で、昨年の内閣総理大臣賞の受賞者です
その方が今回国風展に初挑戦の初入選

先生、おめでとうございます
あの黒松の中品、抜群でした、よかったー!

でも今度は準備万端整えて、一発逆転、復讐のドッキリさんを企んでいる私です
先生、覚悟しておいてー!

2003年12月9日火曜日

友達紹介

自己紹介の欄でお話したように、私は神奈川県の生まれで
小学一年生で東京足立区に引っ越しそこで育ちました

19歳で親元を出奔し御徒町の友人宅に下宿すること4年余り
23歳の春に単身で松戸に移り住み、とうとう下総松戸の住人になってしまいました

ですから、子供時代の同級生や遊び友達が身の回りにいないんですね
あるときフトそのことを思い出すと、やや感傷的になることもあります
幼友達が身近にいたら、これも楽しいことだろうな・・・

それはさておきまして、現在の私にはいい友達がたくさんいます
上がりこんで一杯やるようなお付き合いをしているご近所友達だって、10人はいますよ
この10人だって、100メートル以内の「向う三軒両隣」の範囲でですよ
これって案外自慢できるんじゃない

もちろん盆栽を通じての市内のお友達もたくさんいます
私は業者で相手は愛好家ですが、何十年も気持ちよくお付き合いしていると
商売抜きの友達です

幼友達が身近にいない私には、何十年前の思い出話ができる間柄になった友達は
自分の生きてきた軌跡を確かめるためにも、何者にもかえがたい存在でもあります

前置きはこのくらいにして、きょうは私の大事な盆栽友達
芦田孝夫さんをご紹介しましょう

芦田さんは私と同じ年の施設園芸家で
今の時期はシクラメンの出荷時期で大忙しです


家の前の温室の一部
このような温室が10数棟あります
都市化された松戸市ですが、ここは別世界


芦田さんの作ったシクラメンの群れ
今年は天候に恵まれ、株の成長もよく開花も順調です


芦田さんご夫妻
ごらんのとおりきれいな奥様も働きものですよ
ご主人と一緒に男並みのお仕事も手伝います

誰にでも分け隔てなく接する公平無私な人柄は、信頼感十分
名実ともに松戸市の盆栽界のリーダーです
私もこのつれづれ草で、芦田さんの所蔵する小鉢を引用させてもらっています

2003年9月30日火曜日

月の終わりに


日本水石組合主催秋季オークションより

不要になった今月分のカレンダーを切り取る前に
似つかわしくなくも、過ぎた一ヶ月を振り返ってみます

オークション(セリ)が5回に盆栽鑑定が3回、講習会が1回
以上は一日出っ放しの仕事
その他チョコチョコと出かける日があったので、一日中家にいられたのは5日間くらいです
これでは毎日の「盆栽つれづれ草」も遅延気味になるはずです(言い訳)
(それに台風と北海道の十勝沖地震もあったし)

8月は毎年さしたる行事もない業界なのですが
9月になると堰を切ったように各種のイベントがスタートします
そのペースがまだつかめないうちにあたふたと30日間が過ぎ去るのが
毎年の9月の恒例のようです

月の最後にあったって、来る10月は勤勉の月とすべく決意しました
必ず毎日つれづれ草を書き、一日おきに仕入れをし
一日おきにそれをアップし
メールの返信と商品の発送は迅速に!

ということで来月もよろしく

2003年7月6日日曜日

散歩とファミレス


(盆栽おばちゃんの作品より・桔梗他草物寄植え)

朝ふと思いついて、1km離れたファミレスへカミサンを誘ってみた
散歩兼用の朝食会のつもりだ

私は休業日を定めていない
自宅仕事は休日を定めにくいので、自分の都合や気まぐれでそのつど決めるのが
長年の習慣になっている
目が醒めたときから、今日は休みだ、と内心決めていた

カミサンは無類の散歩好きで、とにかく歩く
車はおろか自転車にも乗れないので、自分の足で歩くことを億劫がらない
散歩とファミレスのセットで誘えば、断るはずはない

日曜の朝は車が少なく、道が静かなのがいい
ファミレスへの道のりのあらかたはケヤキ通りで、歩道は加減よく半日陰が続く
歩きながらでもカミサンのおしゃべりはやむことはない
それを熱心に聞いてやるのが私の仕事
だが困ることに、カミサンの話に出てくる人々の名前と顔とが一致しない

ファミレスに入ると習慣的に喫煙席の方へ向かっていた
カミサンに注意される
そうだ、禁煙中だったけ、いけねぇ
だけど、喫煙席って煙たいねー、涙が出てくるわ

私は好き嫌いがないので、食い物ならなんでもござれで
同い年のカミサンも同じ
私は焼き魚の朝定、カミサンはパンと野菜スープのセットメニュー

食事をしながらもカミサンのおしゃべりは続く、延々と
ここが辛抱のしどころ
うそでもいいからだまし続けてーっ!(ある女性が亭主に浴びせた絶叫)
を教訓に、うそでもいいから、熱心に相槌を打つ
カミサンの機嫌は最高潮

一時間半の長~い朝食
これでカミサンの心中に溜まっていた一週間分のガスが抜けた~~っ

さてファミレスから国道6号線沿いに南下(東京方面へ)して
ホームセンターでちょっぴり買い物にお付き合い

その隣の友人のいる中古車センターに寄る
昔の私は、車は走ればいい派、であったが
息子が成人してからはやや反省、少しは知識を仕入れるようにしている

中古車センターはおもしろい
いろんな車種、ときにはクラッシックカーまであって、私にさえおもしろい
友人にお茶をごちそうになり、さようなら

帰路は桜通り、登り坂だが、健康だ、健康だ、と言い聞かせ
がんばりぬく
全行程4kmの散歩とお食事コースでした

それにしてもカミサンののどは丈夫である
全行程おしゃべりのしっぱなし
私は、ひたすら聞き役

家に着いたらもう昼ごはんの時間でした

2003年6月18日水曜日

忘れえぬ人々1

私が若いころに親しく接した盆栽人たちについてお話してみます
浮世離れした、まるで落語に出てくるような愉快な人々です

まずは東京のMさんです

お洒落で”粋”な人柄で、おまけに凝り性です
盆栽には”惚れっぽくって飽きやす”いので商売はあまり上手とはいえません
つまり道楽七分で商売をしている人でした

人生観も簡単明瞭でこんなふうです
「いいかイ、宮本、おめーはな、いい人わるい人ってゆーけどな
おれにとってのいい人ってのはな
おれに親切な人かおれに儲けさしてくれる人だよ、その反対がわるい人さッ」

欲しくて仕入れた盆栽も、一月も売れないと飽きてしまい
遊びにゆくと「おれ、あれ飽きちゃった、半値でいいから持ってけよ」です

Mさんは着るものにも凝っていました

あるセリ場で、Sさんという同業者がMさんに言葉をかけました
「Mさん、わしの持ってるもんで何か欲しいものないかい?あったら買ってくれよ」

「あーあるよ、あんたの持ってるもんで一つだけ欲しいもんがあるんだよ、Sさん」
「何が欲しいんだい、何でも売るから買ってくれよ!」

「おれはな、あんたの着ていコートが前っから欲しくてたまんねえんだよ、売ってくれい!」
二人のやり取りを聞いていた私達はびっくりしました

もちろん盆栽の話をしているつもりのSさんが一番驚いたでしょう
自分の着ているコートを欲しがられるなんで、誰だって思わないでしょ

ところがSさんは
「うーんッ、Mさん、いくらで欲しいんだい?」ときました
とっさにMさんは三本の指を出して「30万で買おう!」といいました

かたずをのんでSさんの顔を見守っていると
「よーしッ、30万で売ろう!」とSさんは叫びました

寒中の寒いさなか、Sさんは潔く毛皮のコートを脱いでMさんに手渡しました
もちろんMさんは現金30万円をその場で支払いました

あとでSさんに聞いたところ、あの毛皮のコートは新品で100万円の高級品だそうです
2年ほど着たので古着ですが、着こなすほどに皮に味の出る品物だそうです
(それにしても帰り道はさぞ寒かったことでしょう)

他人の着ているコートを売れっていう方もいう方
それを目の前で脱いで売る方も売る方
どちらも子供のように無邪気なゲーム感覚です

Mさんはそのコートいまでも愛着を込めて着ています
これは飽きないようです

今は第一線を退いたMさんは大好きな骨董を趣味として
あいかわらず元気に夜遊びをもしています
よき人生かな!

私もずいぶんこの人にはお世話になりました

2003年6月17日火曜日

盆栽屋志望の2

盆栽屋志望の青年から電話相談を受けたことがきっかけで
自分の遠い昔を思い出しました

やはり私もあの青年と同じく盆栽屋志望の”迷える子羊”だったのです

20歳をちょっと過ぎたころ松戸に移り住んだ私は、たちまち盆栽の魅力の虜になりました
動機は、そのころはまだ色濃く残っていた松戸の野山の自然に接したからでしょう

近所の野山を歩き回ったり、時には東京の縁日に出かけ盆栽をあさったりの毎日でした
そのころの私は、盆栽の専門店があることを知らず、盆栽は縁日でのみ売っているものと思っていました(のんきと無知))

そんなことをしているうちに、盆栽を通じいろいろな友人や先輩もでき(いくつもの幸運に恵まれました)
ともかく盆栽屋の道を歩むことになったのですが、最初はわからないことだらけでした

盆栽界の環境という面から考えると、私のころは日本が高度成長期の真っ只中で
盆栽人口も飛躍的に伸び、盆栽ブームとさえいわれる時代でした

そんな恵まれた時代背景のおかげで
私のように、市内はおろか盆栽業界にも地縁血縁のない世間知らずの若造でも
何とか盆栽屋としてやってこられたともいえます

もちろん現在の方が盆栽趣味は社会に浸透し、日本の伝統文化として世界中に認知されており
国風展をはじめ小品盆栽の雅風展などの入場者数は増え続けています

ところが日本社会の経済状態が悪すぎます
それと、盆栽愛好家のレベルも上がり
プロの盆栽屋は非常に高度なものを求められている現状です

生半可な技術や鑑識眼は通用しません
この数十年で盆栽界は飛躍的に進歩しまた成熟しました

私達の年代では、独学でたたきあげの盆栽屋がけっこういます

ところが、若い世代で盆栽屋志望で修行中の若者のほとんどが二世達です
そのことは、この業界に縁を持たない若者がやっていくには
情熱だけではとても通用しない世界になっているためだと思います

現在の政治家やタレントにも例えられるでしょう
二世三世の国会議員の多いこと!

どんな職業でもその志願者の層は時代を反映してしているといえますね

付け加えますと、私はあの青年から相談されたときに、はじめは趣味としてやってみたらと暗に勧めましたが、それは無駄でした

2003年5月14日水曜日

身近な自然

野山はもちろん街のなかでも一年のうちで一番緑が目に付く季節です
散歩のおりなどに人さまの庭をながめながら
いろいろと批評している自分に気がつくことがあります

住宅地の印象は各家の庭の手入れによって決まると思えます
手入れの行き届いた庭を持つ家並みが続くと、落ち着いた豊かな街に見えます
高級な家が並んでいることだけが高級住宅街の条件ではないようです

私の住む松戸市の隣に流山市があります
明治維新の戊辰戦争の折、新撰組の隊長近藤勇が官軍に処刑された街で知られています
江戸川べりの小さなひっそりとした古い市です

そこに江戸川台という街があります
江戸川台には「塀は生垣に限る」という約束があるそうで
すべての家の垣根は生垣です

30年以上前に造成された街なので、今となると家の造作は高級とばかりはいえません
しかし、家々はよく手入れされた生垣と庭を持っています
こんな落ち着いた街に住んでみたい、と思うようないい街です

街路樹や公園、庭や生垣、それに盆栽
街のなかの身近な緑は、なにより手入れが大切です
手入れが行き届いてこそ私達の目を楽しませてくれます

ブロック塀沿いに置かれたガーディニングのプランタンの中身がグッタリしおれている
そんな光景に出会うと、悲哀さえ感じます

さあーさーッ、我が家も、手入れだ、手入れだ!

2003年3月16日日曜日

近況報告

5年前に嫁に行った娘が年に一度、孫娘をつれて長期の里帰りが習慣的になっていました
年末から正月にかけて約1ヶ月というのがノーマルなスケジュールです
転勤族の娘の亭主の事情ですが、これはこれで私達の年に一度の楽しみでもあります
しかし、今年は事情がやや異なっていました

年末から正月にかけて3週間の滞在に続き
再び2月の初めから1ヶ月、我が家に二人が滞在したのです
理由は亭主の転勤です

この時期は盆栽屋にとってけこう忙しい時期なんです
まずは国風盆栽展、それに続く春の作業の準備等々
本格的盆栽シーズンの幕開けの時期です

孫はもうすぐ4歳になります
これがかわいい!
憎らしければいいのだが、かわいいからこそ、これには参る!
仕事にならないんですね

ある夜、娘と一杯飲んだ折に
こんどの転勤先の住居と孫の幼稚園が思うようでなという理由で
あと1ヶ月くらいの逗留を画策しているらしい娘の心中を察した私は
暗然となりました

これ以上いられたら、仕事にならない!
我が家はハチャメチャになっちゃうぜ!
パソコンだって孫にじゃまされるばかりだもん!

ということがらがありまして、しばらくHPの更新も思うようにならなかったというのが実情ですが
なんとか13日に帰りました(ホッ、ホッ、ホッ)
成田空港まで送るのは私の役目ですが、嬉しかったですね!
寂しいなんて微塵も感じませんね!
これで明日から仕事ができる!
車の運転も弾むようでしたよ

ということで、しばらくご無沙汰しましたが、これからがんばります
よろしく~ッ!

やっと平穏無事な日常がやってきました
以上近況報告です

2002年12月25日水曜日

孫の手盆栽



3歳10ヶ月の孫娘に盆栽を持たして写真を写そうと試したが
うまくいかない
まだ水平に盆栽を維持し静止することは無理なようだ
仕方なく、置いた盆栽に手を添えるところまでで我慢

昔は「片手持ち盆栽」という言葉があった
片手で持てる大きさ、20~30cm位の盆栽をそう呼んでいた
いまでは使われていない
中品という呼び方に代わっている

豆盆栽はミニ盆栽
小物盆栽(これはまだ使われているが)は小品盆栽
片手持ち盆栽は中品盆栽

時代によって呼び方も異なってくる
5~6cmの超ミニを「孫の手盆栽」とでも呼んでみようか
しかし流行りそうにない
やはり「超ミニ」の方が現代的ですね



この程度が精一杯でした

2002年12月15日日曜日

山もみじの魅力



個人的に、あなたは盆栽の樹種で何が一番好きですか?
と聞かれたら、私は迷わす「山もみじです!」と答えるでしょう

山もみじの魅力はたくさんあります
第一に、木肌です
第二に、冬芽の愛らしさ
第三に、優美な姿です