2009年1月21日水曜日

小野義真鉢の思い出

小野鉢には忘れられない思い出があります
30年のむかしのことで、私がまだ30代の元気盛りの頃のこと

Sさんという同業者が小野鉢の逸品の掘り出し物を手に入れた
という噂を耳にした私は、さっそくSさんのところへ出かけました

Sさんは、ある盆栽屋の物置の奥に積まれていた抜き鉢の山の中から
何かを感じ取って、ひとつの白磁丸鉢(間口30cm)を1万円で求めたそうです

期待に胸をふくらませながら家に帰って、泥とホコリに塗れたその鉢を洗ってみると
鉢底にこびりついた汚れの下から、あの小野鉢特有の「しゃれこうべ」の落款が姿を現したそうです

まさに、Sさん経験と勘の勝利だったのですが
この小野鉢は、どのような運命の軌跡をたどって、ありきたりな抜き鉢の山に紛れ込んでしまったのでしょう

「みやちゃんヨー、おれ、心臓がドキドキしたよ!」
Sさんは嬉しそうに掘り出し物の顛末を話をしてくれました

ただ、鉢は家の奥にしまったまま
いくらお願いしてもみせてくれません

どうやら、手に入れた原価を正直に公表してしまったため
欲しがる仲間たちが正当な値段を表示せず、Sさんは私もきっとそうに違いないと思い込んでいたのです

私はSさんに向って自分の考えをはっきりと伝えました
鉢を見せてくれさえすれば、Sさんの購入値段にはこだわらず、正当な相場を提示する

そして、私の示した相場が気に入ったらば譲ってくれればいいし
物足りなかったら断ってくれればいい、あんたも商売こちらも商売、男らしく勝負をしようじゃないか

納得したSさんは奥から出してきた鉢は、間口約30cmの丸鉢、ロクロ挽き
鉢裏に「しゃれこうべ」の落款の入った、まぎれもない本物の小野義真の逸品でした

さーて、こんどはこちらが一発勝負で相場を切る番
Sさんの原価はたったの1万円ですが、相手の足元を見ちゃいけない、姑息なまねをしたら失敗するぞ

高速で考えを巡らして私のつけた相場は、原価の20倍の「20万円」、ただし、原価とSさんの交通費1万円は別に支払う
つまり合計で22万円ということです

私は瞬時に考えたのです、合計20万円だとSさんの儲けは19万円となります
しかし、こ儲けは掘り出したSさんへの経験と勘への謝礼と考えれば、原価と交通費は別にして、きまりのいい「20万円」の方が気持ちいい

ということで、私の心意気を汲み取り相場にも満足したSさんは
「ここまで正当に評価してくれた奴はいなかった、ありがとう」と譲渡に気持ちよく同意、私は名品を手に入れることができたのです

その小野鉢は私の住む千葉県松戸市内の愛好家の愛蔵品であったのですが
その方が故人となった後、現在は東北方面の某愛好家の愛玩するところとなっています

長いお話になりましたが、そのときの経験が私のその後の盆栽屋人生の中で
掘り出し物の名品に出会ったとき、鑑定評価や売買交渉のときの大きな教訓となって活きています

先入感なしでものを見るべし、原価なんか目じゃない!!


小野義真(義臣とも書く)は明治初期から中期にかけて官界財界で活躍した有力者
自宅の庭に窯を築き尾張の名陶工・加藤正吉を抱え、多くの名品をプロデュースした稀代の趣味人です

本作品は故忍田博三郎氏の手を経て某愛好家により長年愛玩された名品であり
小野窯のもっとも代表的な小豆釉(あずきゆう)と呼ばれる辰砂の釉薬が深い輝きを見せています


小豆釉と呼ばれる小野窯独特の釉薬の輝きは、後の市川苔洲などの作家に多大な影響を与えました
名人・加藤正吉のロクロ挽きによる精巧な線の美しさが際立っています


釉薬の深い色彩が堪能できます


このようにシンプルな線の美しさが小野鉢の特徴です

小野鉢にたまたま捺されている「しゃれこうべ」の落款は磁器作品に多く見られるもので
本作品のような半磁器作品には落款がないのがふつうです


鉢の内側の拡大図、ロクロ挽きの痕が見えますね
加藤正吉のロクロ挽きの技術は当時神業と讃えられたほどでした

0 件のコメント:

コメントを投稿