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2019年5月14日火曜日

第14回国風展(昭和16年)

第14回の国風展は昭和16年の3月、やはり東京府の上野美術館で開催されています。毎度同じことを申し上げますが、アメリカ合衆国と太平洋を挟んで対峙した日本帝国の真珠湾攻撃まで一年を切って風雲は急を告げる慌しい世相にも拘わらず、この写真帖から伝わってくる展示会場の風景はあくまでおっとりとして、優雅です。

真柏の産地は写真からはわかりませんが、山採りの優良素材が豊富であった当時のことですから、まず糸魚川産に間違いはないでしょう。ぎりぎりまで小さ目の鉢を使用して幹の迫力を強調しています。

北海道産の蝦夷松。やや小ぶりながら幹筋や枝の表情に抜群の味わいを見せています。

松平侯爵の小品盆栽席飾り。現代のミニ盆栽に比べてやや細身な感じがしますね。これを称して、今の盆栽は肥満児だ、とおっしゃる大先輩の方々もいらっしゃいますが、一口に言うと、昔に比べて肥培技術が格段に向上した結果であることがまず第一の理由だと思います。

酒井伯爵の小品盆栽席飾り。


2018年1月16日火曜日

国風盆栽展


恒例の国風展もそろそろ100回の大台に近くなってきました。この100回のことは盆栽界に長くいると案外あたりまえの感じで、今年もまた国風シーズンがやってきた、などと気楽に形容していますが、一言で一世紀続くというのはすごいことですね。

ましてやその100年の間に日本国は、開闢以来といえる未曽有の大ピンチを経験して、あわや滅亡するのではないかというほどの経験までしているわけです。

国家の総力を挙げて世界中を相手にした大戦争に負けたのですから、日本という国が地球上から亡くなっても不思議はありません。ともかく、よくも日本人が地球上に生き残ることができたとも思えるほどの歴史的な戦争だったはずです。

ところが、戦中戦後の花より団子の時代にさえ日本古来の伝統文化の復活と発展を願う人々は存在したのですね。この記念帳に載っている数々の銘木や銘器が今日まで受け継がれている例はすくなくありません。

一世紀も前の銘木や銘器の雰囲気に触れながら、伝えられてきた盆栽文化に敬意を払いたいと思います。

昭和10年1月1日発行の第2回国風盆栽写真帳。実際に展示会が開催されたのは前年の12月4日より同10日までの6日間でした。場所は現在の上野公園にある東京都立美術館です。

右側の上のページが旧の都立美術館(昭和43年ごろ改築)で、左中央には会長・松平伯爵夫人の姿が写っています。

上のページの一席は巣鴨の斉田衆芳園主のもので、下はこれまたあまりにも名を知られた原田峯雲作の銅水盤のプロデューサー役を果たした鈴木豊香園主の席飾りです。

いずれも近代の盆栽史上でも重要な役目をになった大家です。


(スキャンするために(ページが曲がってしまいましたが、この席が会長・松平頼寿伯爵の席で下が副会長の酒井忠正伯爵の席飾りです。

国風展の写真帳は、全巻の揃ったものが世の中に2~3組あるそうです。私も昔は全巻の蒐集を志して第一回とこの第二回から揃えようと思ったのですが、途中でその道の遠さに気がついてわりと早めに挫折しました(笑)

ちなみに30年ほど前にオークションで落札したのですが、初回本は10万円で、この二回目本は3万円だったのを覚えています。

暇を見ながらもう少し鮮明にお見せするように努力してみます。では。








2005年1月15日土曜日

国風展裏話2

この1月12日で国風展の応募は締め切られました
この締め切りがまた厳しいんです(当たり前のことですが)

こう言っては誤解されるかもしれませんが、まあ、世間話と思って聞いてください

私くらいの「古狸」の「顔」になりますと、同じ釜の飯を食ってる盆栽界のことなら
たいがいのことは融通がきくんです、けっこう強力なコネクション、持ってるんですよー!

いわゆる族議員ではないですが、顔パスとか揉み消しとか
常連さんといっていいでしょう
(自慢することじゃない! いけないことでしょ!)(ハイ、すみません、つい調子に乗りました)

しかし、国風展の締め切りに関しては、まったくダメ!
郵送の場合も当日必着でなくてはなりません
配達証明付、そう、これっきゃない

ですから扱い者はピリピリです
ギリギリの人は心配で、たいがい自分で上野池之端の日本盆栽協会の事務所まで足を運んでいます


第一回国風盆栽展写真帖より・吉村香風氏の展示品  左 真柏 右 蝦夷松 (於・昭和9年東京都立美術館)

さて、写真は大昔の第一回の国風展の展示品ですが
この出品者は世田谷の吉村香風園さんの先代さん

盆栽界ではそれと知られた名門中の名門
何せ大三菱の岩崎家お抱えの盆栽園なんです

申し上げたように、現在の国風展には盆栽業者(日本盆栽協同組合員)の出品は許可されませんが
草創期にあっては、愛好家の数も少ないため、業者も(数合わせのためにでしょう)このよう参加しています

いよいよ審査のための搬入1月23日と迫り
審査は翌24日、入選作品の写真撮影が25日となっています
この続編まだ続きそうです、お楽しみに

2005年1月9日日曜日

国風盆栽展舞台裏 1


第一回国風盆栽展写真帖より・国風盆栽会副会長・酒井忠正伯爵の小品盆栽棚飾り (於・昭和9年東京都立美術館)

新しい年を迎えるとともに一流盆栽展示会のシーズンを迎えます

現在、京都において小品盆栽の「雅風展」が開催されていますし、13日からは東京大丸の「日本盆栽作風展」
そしていよいよクライマックスは、2月9日からの上野公園の東京都美術館における「国風盆栽展」です

その国内最大の盆栽イベントである国風盆栽展には約250席の入選作品が展示公開されますが
搬入・審査・写真撮影と事前の下準備に3日間かかります

ところがその下準備は、本番の展示会開催の約2週間前に行われるので
審査を受けるために搬入されめでたく入選した盆栽は、その後に再び運搬されることになり
どんな遠方からでも東京上野へ2往復することになるわけです、北は北海道、南は九州・沖縄からですよ

たいへんな時間と費用をかけて日本中の名品の大移動が行われるわけで
その様子からも、さすが日本最大の展示会といわれるだけのことはあります

審査には約500点からの応募があり
入選は約250点ですから入選率は約50%くらいの厳しさ、まさに狭き門です

それだけに愛好家の盆栽を搬入する業者(日本盆栽協同組合員に限る)はみな必死で
第1日目の搬入日など雰囲気はピリピリです

次々と到着する盆栽を横目で見ながら、内心自分の搬入作品と比較しているんです
うひゃー、いい木が来たな、こりゃ負けたかな!
しめた、この程度なら、こっちの勝だ!

ところで、国風盆栽展といえども、盆栽愛好家や盆栽業者が盆栽文化の向上と普及を目的に
国風盆栽会を発足させた、昭和9年から戦後の高度成長期以前までは、大変な苦労の連続であったようです

まず、盆栽愛好家が現在と比べ物にならないくらい少ない
それは数十年前の国風盆栽展の写真帖を見れば一目瞭然です

愛好家の中に混じって数合わせの出品でしょう
盆栽業者の作品もかなりあるのです、つまり定員割れ

もちろん入選率が約50%の現在では業者(日本盆栽協同組合員)の応募は認められませんし
決め事の隙をついての、例えば家族の名前を使っての応募なども皆無です

その面でも、長い歴史を経て純粋に盆栽愛好家のための展示会として誇れるものに成長した、といえるでしょう

2004年4月14日水曜日

第二回国風展

ネットでお知り合いになった三重県のKさんから貴重な頂き物をしました
なんと、第二回国風盆栽展の記念帖です

国風盆栽展は今年で78回目を迎えましたが、現存する記念帖の数では
初回のそれはけっこうあるのですが、その他の一桁台のものは圧倒的に少く、手に入りにくい貴重品です

第二回目の記念帖には、初回のそれには見られない珍しい写真も載っています
それではご紹介しましょう

Kさん貴重な本、ほんとうにありがとうございました
ありがたく頂戴して有効に使わせていただきます


昭和10年1月1日発行の第二回国風盆栽展写真帖


珍しい写真というのは、これです
この貴婦人は、松平頼壽伯爵夫人なのです

松平伯爵は高松藩の12代当主で、のちに貴族院議長をつとめました
また小品盆栽の愛好家としても有名で、国風盆栽会の初代会長でもありました


小品棚飾り三席
この記念帖ではミニ盆栽、すなわち豆盆栽という言葉はつかっていません
小品と呼んでいます、ということから戦前でも豆盆栽という呼び方は俗称であったことがわかります

この席を見ての印象はどうですか?
伺いたいですね!

2004年2月16日月曜日

国風展でのこと

盆栽界の最大イベント、国風盆栽展が昨日で終了しました

さて、その4日目(2月11日)の午前中
上野グリーンクラブ向かいの東京屋弥生会館の駐車場でのこと

背後のシャッター音に気がついて振り向くと、野球帽にサングラス、おまけにマスク姿の体格のいいお兄さん
ん、ん、んーッ???

ヤバイ、強ソーッ!
(内心ややビビリぎみでした)



昨夜は東京弥生会館の大広間で行われた特別オークションでセリ人を務め
そのあと、広小路近辺を深夜までうろついていたので、まだボケボケのお疲れ

私の不審そうな渋い顔を見てください
後ろ姿は小品盆栽の湘風園の小宮さんです

そのうちサングラスにマスクのお兄さんが大声で笑い出し「おじさんッ、おじさんーッ」
その声を聞いて「あッ、またいっぱい食っちゃったッ」と思いました

そのお兄さんは、知り合いの歯科医の先生です、してやったりの嬉しそうな笑い
「せんせーいッ、ひどいよーッ」

先生はいつも変装してるので驚かされれいますが
こっちは変装の仕様がない!



というわけでここでにっこり、はいポーズ

先生は皐月盆栽の愛好者で、昨年の内閣総理大臣賞の受賞者です
その方が今回国風展に初挑戦の初入選

先生、おめでとうございます
あの黒松の中品、抜群でした、よかったー!

でも今度は準備万端整えて、一発逆転、復讐のドッキリさんを企んでいる私です
先生、覚悟しておいてー!

2004年2月1日日曜日

国風盆栽展審査6・長寿梅

大小含めた盆栽の最大イベント(歴史も古い)国風盆栽展
歴史は浅いけれども小品盆栽オンリーの最大イベント雅風展
どちらも魅力がいっぱいです

その今年の雅風展で内閣総理大臣賞を獲得した話題の長寿梅が
今回、国風盆栽展の審査にチャレンジしていました

小品盆栽は一席で評価されれるので、席の一員として
あちらこちらの展示会に出品されることは珍しくありません

それにしても、姿形、古さ、迫力などみごとな長寿梅です
これほどの長寿梅の小品盆栽にはめったにお目にかかれないでしょう



根上がり状の根が絡み合い幹のようになっています、迫力がありますね
また、両脇の下枝の作りに絶妙の遊びがあるために、全体の印象が柔らかく感じられます

「間」をとる、つまり空間を利用して全体の変化を演出するのです
硬直した姿でなく、動きと変化のある姿はこの卓越したセンスから生まれます

国風展を見学される予定の人は、ぜひこの長寿梅にご対面してきてください

2004年1月29日木曜日

国風盆栽展審査5

国風展に挑戦する小品盆栽は、鉢も贅沢に吟味されていますね
いずれも名品ぞろいで、ヨダレがでそうです

この席も、鉢を「おごって」ました
鉢の古さが盆栽の風格を一層高めています


力に満ちた太幹の五葉松を真にした、迫力ある一席
五葉松の小品として、まさに稀有の存在感です(一瞬黒松と見誤るほどです)

箱の上の五葉松だけには小卓を使っていません、ここも注目
五葉松の存在感がこれ以上強くなると、全体のバランスが崩れるからです、工夫していますね


枝張りを小さく、そして鉢も目一杯小さくし、五葉松の存在感を印象づけています


長寿梅、均窯楕円の名鉢です、花の色によく調和しています


くちなし


楓、この赤絵鉢はおそらく宮崎一石の作品でしょう、これも名鉢


けやき、逞しくしかも繊細です、鉢は平安東福寺でしょう、渋い取り合わせです


草、月之輪涌泉のミニ鉢です、名鉢です、欲しいなーッ


黒松懸崖、朱泥の名鉢に入っています、松の緑が引き立ちます

2004年1月27日火曜日

国風盆栽展審査3

ここにも革新的な飾りにチャレンジする新鮮な一席がありました
香炉卓(こうろしょく)の意匠が感じられる斬新な高卓(こうしょく)です



オーソドックスな4本足の高卓を用いれば、黒松のやや左脇に置く添え草は、卓の下側に入っています
これも興味深く新鮮です、おもしろいですね


大木感に満ちた黒松、立ち上がりの力が抜群です


添え草(石付)


薄鉢に植え付けたセンスが光ります
木肌も古いですね

2004年1月26日月曜日

国風盆栽展審

小品盆栽を飾るのに、「箱卓」(はこしょく)と呼ばれる長方形の棚で7点飾りが、現在主流ですが
近年新しい意匠の棚が見られるようになりました

上の板に段差がついたこの箱卓ですと、6点飾りがちょうどいいようです
従来の箱卓に慣れた目には、変化と緊張感があって新鮮に映ります


前置きの杉を強めにすることにより、箱の中の4点の流れに対峙させ、全体の統一感を出しています
格調がありますね、みごとです


真の黒松、足元と一の枝に強い力が込められています
植え付け角度が絶妙です


さんざし、由緒のある盆栽ですよ
かつて松平伯爵が愛倍したものです

樹種的にも珍種です
白花、一重の「花さんざし」です(一般的にある白花の実さんざしではありません)


長寿梅


楓石付


笹・長寿梅・やぶこうじ


杉、枝の表情がなんともいえない、いいですねー

2004年1月25日日曜日

国風盆栽展審査

盆栽界最大のイベント、第78回国風盆栽展が2月8日(日)から始ります

今日(25日)は応募作品の搬入日
明日(26日)が審査
明後日が入選作品の写真撮影(記念帖)と続きます

大きな声では言えないんですが、ここは撮影禁止
けど、みなさんにお見せしたいばかりに禁を破ってしまいました
でも、扱い業者さんの許可だけは受けていますよ

このページも、主催者側の日本盆栽協会のお偉いさんに見つかれば”お目玉”です
お願い、だれにも言わないで!

明日の審査を待つ小品部門は、21席の応募
入選はおそらく12席くらいでしょう
約半分は、残念、お持ち帰りです


真に黒松の模様木、前置きに姫柿を配し、本格派揃いの一席


言うとこなしの黒松
鉢を締めて(小さく)あるので大木感が強調されています


今回の雅風展で内閣総理大臣賞に輝いた長寿梅がこの木、すごい!
早春の雰囲気が伝わってきます、季節感も盆栽の大切な要素です


くちなし


山もみじ


真柏、この棚飾りでの重要な役目を担っているます

屈曲した左向きの動きが、前置きの姫柿の右向きの動きと照応し
席全体に躍動感が感じられるように演出されています、みごとです!


石付の石菖


前置きの姫柿半懸崖

2003年7月12日土曜日

戦前の盆栽樹種2

同じく「第15回国風盆栽展記念帖」より国風盆栽会 副会長 伯爵 酒井忠正氏の出品作品の二席です
昭和16年11月27日~30日に上野公園東京府美術館で開催


向かって右より

上段
遠山石(とおやまいし)


中段
小蘗(しょうびゃく)
落霜紅(うめもどき)

下段
真柏(しんぱく)
黄金羊歯(こがねしだ)

この席も一般的に知られた樹種です


向かって右より

上段

杜松(としょう)

中段
紅山査子(べにさんざし)
縮緬葛(ちりめんかつら)
寒蕨(かんわらび)

下段
宮様楓(みやさまかえで)
五葉松(ごようまつ)

この席も一般的に知られた樹種ですが
山査子(さんざし)を漢字で表記しています

宮様楓は戦前から盆栽として仕立てられていたんですね
もっとも名前の由来は、どこかの宮家の庭に植わっていたことから
そう呼ばれるよになったと云われています

縮緬葛(ちりめんかつら)のかつらは今では桂の字を使いますね
ここが一番印象に残りました

ということで、半世紀以上昔の戦前と現代の盆栽樹種はほとんど同じでした
(安心したような物足りないような複雑な気持ちですね)

この二項の検証で、現代の盆栽界で愛培されているほとんどの樹種が
戦前にはすでに一般的に愛好されていたがわかりました

それと、植物名がかなり難しい漢字で表記されていて
今ではほとんど読めないような漢字が普通に使われていたんです

2003年7月11日金曜日

戦前の盆栽樹種1

「第15回国風盆栽展記念帖」より
国風盆栽会 会長 伯爵 松平頼壽氏の出品作品、棚飾り二席
昭和16年11月27日~30日に上野公園東京府美術館で行われたものです

この資料を参考にして
戦前にはどのような樹種が盆栽として仕立てられていたのか
調べてみましょう


向かって右より

上段
欅(けやき)
霊壁石(れいへきせき・中国産の鑑賞石)
五葉松(ごようまつ)
しもつけ

中段
梅花黄連(ばいかおうれん)
姫林檎(ひめりんご)
小蘗(しょうびゃく)
下段

山毛欅(ぶな)
落霜紅(うめもどき)
藪柑子(やぶこうじ・草物)

この中で中段の梅花黄連はどんな植物かわかりません
あとのものは現在でも盆栽として愛好されているおなじみの樹種です

現在の国風展の記念帖と違っているところは植物名がほとんど漢字です
私も藪柑子(やぶこうじ)は読めずに辞書を引きました


向かって右より

上段
常盤薺(ときわなずな)
小性梅擬(こしょううめもどき)
中段

錦松(にしきまつ)
瀧石(たきいし)
下段

黄金羊歯(こがねしだ)
杜松(としょう)

この席もすべて現在も培養されているおなじみの樹種です

ここでも薺(なずな)が読めずに分厚い漢和辞典のお世話になりました
薺なんて字を読めますか?

それと現在では小性梅(こしょうばい)と呼ばれているのに
昔は小性梅擬(こしょううめもどき)と呼ばれていますね

私は小姓梅と書いていましたがこうみると小性梅が正解のようです
また梅もどきを「落霜紅」「梅擬」と二通りの文字を使っています
おもしろいですね

こうしてみると、半世紀以上前の戦前も現在も盆栽樹種はあまり変っていないようです

この項つづく

2003年7月10日木曜日

黄梅の持ち主



この黄梅の元の持ち主がわかりました~っ!
やはり只者ではなかったで~すッ

夕方遊びに来た懇意な愛好家の方が情報をは運んできてくれました

それによると、この黄梅の元の持ち主は
2年ほど前に市内の盆栽会に入ったばかりの新人Yさんでした

しかし、新人といっても国風展の常連さんで、松戸市の隣の隣の町に住む
このあたりでは知られた盆栽愛好家です
今年の国風展にも入選しています

私も以前から挨拶程度はしていましたが
Yさんのお庭は拝見したことがなかったので、推理の範囲外にありました

Yさんは大物盆栽が主力です
今回放出したのも、新しい大物盆栽の購入のために
棚の整理をするのが目的だったそうです

Yさんが人に頼んで値段に構わずに放出したので
特価で手に入ったんですね
納得がいきました

Yさん、お安く分けていただいてありがとーう
ついでにもっと売ってくださーい
(今度お会いしたらお礼とおねだりをいいましょう)

灯台下暗し
正解は年中盆栽会で顔を合わせている愛好家のYさんでしたー!

関連ページはこちら

2003年7月9日水曜日

もう一人の伯爵

昨日紹介した松平頼壽伯爵の他にもミニ盆栽の愛好家の伯爵がいました酒井忠正氏です

同じく「第16回国風盆栽展記念帖」より
国風盆栽会 副会長 伯爵 酒井忠正氏の出品作品の一部です
昭和17年3月5日~7日に上野公園東京府美術館で開催


(画像を大きくしてみました、よく見えるでしょ)

上段 五葉松・小蘗(しょうびゃく・難しい字ですね)
中段 楓・紅梅
下段 錦松・杜松・ソロ

調べてみると松平伯爵は貴族院の議長、酒井伯爵が副議長をやっています
戦前はある面いい時代だったんですね

伯爵っていえば元大名のお殿様です
その方たちが手ずから野山で採取し愛培したミニ盆栽を
国風盆栽展に飾っていたんですよ

ゆった~りとした時間の流れと文化を感じますね
今じゃ考えられないー!