2010年2月18日木曜日

涌泉名品の鑑賞

ある親しい愛好家さんから、愛蔵している涌泉の名品を手放したいとの相談を受けました
「えッ、まさか、これほどの名品を、二度と戻らないのに!?」と内心驚きましたが

お話を聞いてみると、やはり盆栽や鉢の蒐集への思いはひとそれぞれに微妙な違いがあって
この方の場合は、鉢と盆栽が一体になってはじめて真の満足感が味わえるというタイプなのですね

この愛好家さんはズーッと10㎝クラスのミニ盆栽をやってきました
それが最近、さらにサイズを短縮して7.0㎝クラスに挑戦するつもりになったそうで

するとこの8.6㎝という間口なので、いかに名品といえど大きすぎるので
この涌泉はさらに日の当たる場所に出ることが少なくります

私などは長い間盆栽屋としてたくさんのお客さんに接してきたのに
名鉢であればあるこそもったいなくて使わないのが愛好家さんと、決めつけていたようですが

この方は、名鉢に素晴らしい名盆栽を入れ一体で眺めて感激したい、という思いがさらに強かったようです
愛好家さんの心理の微妙さを、慣れっこになりすぎて、つい画一的に見がちであったことを反省させられました

鉢は名品になればなるほど使ってみたいという欲求が盆栽趣味の神髄でした
その欲求が自然な盆栽趣味の心ですよね

どうやら私は、惜しげなく名鉢を使うところに
盆栽趣味の醍醐味があることを忘れていたのです

商売に慣れすぎてしまって名品を商品としてのみ認識してしまっている、盆栽屋の貧しい心根
ふとしたことから盆栽趣味の原点に行き当たって、反省しきり、汗顔のいたりです


間口8.6×奥行7.3×高さ4.3cm

前置きはこのくらにいして、それでは、その涌泉の名品をゆっくり鑑賞してみましょう

まずこの箱に書かれている「霽山楼閣図外縁長方」の霽山(せいざん)とは
雨後に晴れていく山という現在進行形の意味をもった言葉です

ですから作者は、山奥の望楼で笛を奏でる人物と周辺の自然を描きながら
楼閣の下部に雨後に晴れ残る雲煙を最近景としてしっかり配しています

このあたりが名人・涌泉のさらにすごいところで、ただ技巧の赴くままに絵を描くばかりでなく
深い知識と教養に裏打ちされた真面目さと真の趣味性があります

穏和で無欲のひとであったと伝えられていますが
まさにそのひととなりも表れています

山深い崖上の楼閣で笛を奏でる人物と楼閣の下部に、まだ消え残る雲煙を近景に配し
広がる静かな山々を遠景に配した大胆な構図はさすがに雄大で名人・涌泉ならではのスケール


涌泉は自らの病を盆栽と作陶で慰めていたと云います
愛培の盆栽を入れるための鉢であったため、ボディーは奥行きもたっぷりで実用にも考慮がはらわれています


涌泉絵画の呉須の濃淡も見どころですね
魔術師的な技と云ってもいい過ぎではないでしょう

また涌泉の作品は、仕上げにあたる呉須絵にかけられた透明釉がすっきりと薄めなので
本来の筆致の繊細さがよく伝わってくるのも一つの特徴です


反対側面より


下部の最近景にまだ消えやらぬ雲煙を、さらに近景には楼閣と人物を描き
その奥に、帯状の煙雲を境にして中景からしだいに遠景へと続く雄大な景色が広がっています

構図の大胆さ奇抜さ、遠近感の演出
涌泉を絵鉢の第一人者にしているのは筆致の繊細さだけではありません


後ろ正面

春夜洛城聞笛(しゅんや らくじょうにて ふえをきく)
李白(盛唐)誰家玉笛暗飛声(たがいえの ぎょくてきぞ あんにこえをとばす)
 散入春風満洛城(さんじて しゅんぷうにいりて らくじょうにみつ)
 此夜曲中聞折柳(このよ きょくちゅう せつりゅうをきく)
 何人不起故園情(なんびとか こえんのじょうをおこさざらん)

☆折柳-「折楊柳」という曲名。故園情-望郷の思い。

誰が吹く笛の音か、風に乗って聞こえてくる。春風に交じって洛陽のまちに広がっていく。
今夜聞こえる曲の中に「折楊柳」がある。これを聞けば、誰でも故郷を思う気持ちを起こさずにはいられない。

この漢詩から画題を構想したのか、反対に画面にふさわしい漢詩を選んだのかはわかりませんが
とにかくこのあたりにも涌泉の教養の深さと趣味性が窺えます


涌泉のボディーは、もちろんタタラによって作られた長方や正方作品もありますが
多くがこの作品のように彫り込みによって作られています

丸鉢系統の作品はロクロ引きによるものがほとんどで
手捻りによるものはごく少数です


最後になりましたが、本作品は2006年に近代出版から発行された涌泉の名品写真集に掲載されています
このように図録になっている作品っていいですね

実物は個人の所有物として人目に品触れる機会はすくなくとも
図録を通して盆栽界のたくさんの方々に識っていただけるんですからね

今日は涌泉名品鑑賞でした、ではまた

2010年2月13日土曜日

スクール速報・山もみじ



はりきりボーイのハシやんが長年培養している山もみじの双幹
よほど制御のきいた適切な管理を続けなければ、この繊細な味わいはでないですね

優雅で無理のない自然体の樹形、細かくほぐれた枝先はもちろん
樹勢も強すぎず弱すぎず均衡のとれた培養ぶりがみごとです

盆栽を鑑賞するひとつの視点として、その樹種本来の特性が強く感じられる場合、「らしい」という言葉が使われますが
この双幹などはまったく「もみじらしい」というほめ言葉がピッタリですね

ちなみにこの単語は「いい木だだけれど、らしくないナ」などと否定的に使われることもありますが
あくまでその盆栽の高いレベルでの評価をするときの言葉ですね



枝分かれの箇所に3ツも4ツも芽をつけず、しっかり二股に整理することを励行しています
この根気のいる作業の繰り返しによって、このような繊細な枝先が作られるのです



とはいえ、盆栽は永久に未完成であり完璧ということはありません
私の見るところ、この主幹の食付き状の下枝が問題ですね

全体の姿からして、この食付き枝は蛇足のような気がします
ない方が立ち上がりに空間ができ、よりすっきり感と優雅さが感じられると思います

思い切って切ることを私は提案しました
ハシやんは傷口ができることだし今更切る気にはなれないようでしたが・・・

もっともこれくらいに完成度の高くなった盆栽を改作するのには
誰だってかなりの勇気がいりますよね、簡単にその気にはなれなせん(笑)



参考に食付きの下枝を切った場合の画像を想像してみました
みなさんはどう思いますか?

あとは赤点の芯にあたる部分を充実させることですね
もちろんこれは時間の問題ですから、ハシやんは楽々とやってのけるでしょう

では

2010年2月10日水曜日

石灰硫黄合剤・お化粧

みなさん、石灰硫黄合剤の散布は終わってますか!?
えッ、とっくに終わってるよですって、それはよかった!

盆栽のマニュアル本のなかには適期を2月頃とおおまかに説明していますが
薬害をおこさないため、ともかく早めにやってくださいね

関東を標準にすると、暮れから1月いっぱいくらいなら少々希釈倍数が濃く(20~30倍倍)ても大丈夫ですが
2月半ばをすぎると常緑樹では50倍前後に薄めたほうが無難です

(かりんなどのように極端に芽の動きが早い樹種は、避けたほうが無難ですよ)

さて、みなさんもよくご存じのように石灰硫黄合剤はその他にも
真柏や杜松のジンの腐食防止用や雑木類のお化粧用にも使われますね

それで、例えば真柏や杜松のジンにお化粧を兼ねて腐食予防を施す場合
葉に触れないようにすれば時期にかまわず一年中実施できます

また↓の楓のように消毒を兼ねてのお化粧の場合は
やはり冬眠中の2月半ばまでに済ませましょう

もみじや楓などは2月も下旬になると、早いものはそろそろ冬芽が動き出してきます
わずかにほころろんだ新芽に消毒液が染み込んで痛めてしまいます



1月中に石灰硫黄合剤で消毒を兼ねたお化粧を施しました
液は筆で塗りましたが、これにはちょっとしたコツがあります


この山もみじを例にしてそのコツをご紹介しましょう



硫黄合剤をお皿に



山もみじの頭から如雨露でたっぷり水をかけます
幹から枝までしっかり濡らすことが最大のコツ



真冬なら原液でも可ですが、2~3倍あたりがいいでしょう
筆に液をたっぷり含ませて樹冠部から塗り出します

幹がぬれているので液がよく延びて作業もらくらく
たちまち枝にも広がってムラや塗り残しの箇所も出ませんよ



塗り終わったら鉢を傾けたまま乾かします



幹から枝の中間くらいまでムラなく塗れました
樹冠部から塗りますが、途中の余分な液が足元から根に染み込まないように気をつけます

ちなみに、この山もみじは既に真冬に30倍液で消毒済
今回の硫黄合剤はお化粧用の目的です

また一冬の間に2回硫黄合剤の散布をする愛好家さんを見かけますが
私はあまりお勧めできません

硫黄合剤の膜で二重に密閉された葉や冬芽が呼吸困難を起こすといけません
1回の消毒作業を丁寧に行えば、それで十分に効果がありますよ

それではあと一週間、まだの人は大急ぎ!