2004年12月10日金曜日

竹本鉢の思い出

竹本隼太は嘉永元年(1848年)の生まれで明治25年(1892年)に44歳か45歳で没しています
早死にですね

500石の大身旗本の身分に生まれながら維新の激動に遭い
陶芸への道へ進んだまったくの「変り種」です

竹本鉢といえば忘れられない若い頃の思い出があります

20代の後半ごろでしたね
ひとまとめて買った安物小鉢100個くらいの中に「おや!?」と思われる白磁の六角鉢を見つけました

うっかりすると瀬戸の安物の白磁鉢と見過ごすところでしたが
白磁の釉薬のコッテリ感が普通ではありませんし、磁器の白い土目もきめ細かくしかも力強い

「これは竹本かもしれない!」
直感的に感じました

「改」の文字のような落款が押してあるのもありますが、竹本鉢は落款がなくて普通です
まして間口5~6cmの豆鉢に落款が押されているのは皆無といっていいでしょう

さて、その白磁六角鉢が竹本であることを証明する手っ取りは早い道は
業者の主宰する交換会(私設オークション)に持ち込むのが一番だと思い立ちました

私は小規模な地方の交換会場へ持ち込みました
大きな会場だと、もし万が一「安っ鉢」だったら、大恥をかいてしまうと思ったからでした

実際には「竹本鉢だ」と言い切る自信がなかったということですね

さて、出品する番がきました
私はそれまでポケットの中で握り締めていたその豆鉢を、だまってセリ人の前に回転台に置いたのです

セリ人はむっとした表情で「なんだッ、これ?」と問いました
「鉢だよ」と返事をすると「アッタリまえじゃねえか!」と怒りましたね

たちまち怒ったセリ人は、500円の発句を切り出しました
これは怒るのも当然ですね、「鉢だよ」なんて返答は人を喰ってまったく失礼ですね

でも、私にするとそう答えるしかなかったのです
「竹本だよ」と言い切る自信はないし

かと言って「わからないんだよ」という答えもプライドが許さないし
また、そう言ったら最後、ベテランの猛者連中に買い叩かれてしまうのが落ちなのですから

「エーッ、こーいった鉢がーッ、500えん、500えん、エーッ、500えん!」
セリ人も竹本鉢とは気がつかないらしく「500えん」の繰り返しです

「やっぱりただの安っ鉢だったのかな」と内心後悔し始めたときに
「10まんえん!」と遠くから声がかかりました

わが耳を疑ってその声の方向に振る向くと
なんと斯界の大御所の某長老から「宮本クーン、その竹本、10万円でわしに売っとくれ!」と声をかけられたのです

一瞬のどよめきの後、会場はシーンと静まり返り、私とその大御所の長老との二人にだけスッポットライトが当たっている錯覚がし
私の目はその大御所の姿しか映っていない極端な視野狭窄に陥り、耳だって同じこと、他からの雑音は遮断された真空状態となっていました

結果は、もちろん売りましたよ、10万円は妥当すぎる値段でしたし
大御所の某長老は斯界の権威、それに逆らうだけの鑑定眼や見識が当時の私にあるわけありません

旧い懐かしい思い出であると同時に、
私はこの長老のおかげで貴重な勉強をさせてもらったこと、忘れることができません
盆栽屋は若い頃から現場の実践を積み重ねてこそ成長できるんです



さて、今回の竹本鉢ですが、青磁釉です
釉薬の表面に小さいひび割れがたくさんあります



これを貫入(かんにゅう)とか氷列(ひょうれつ)といい
細かい筋目であることから小貫入(しょうかんにゅう)といい、竹本の青磁釉の特徴です
一種の文様と考えればいいでしょう



竹本長方鉢の外に開いたボディーの角度や線の特色も↓の二つの画像も参考にして覚えておいてください







竹本鉢には内側に縁の返しがないのが特徴です
縁は外に開いたままですね、よく覚えておいてください



竹本には陶器も磁器もあります
陶器の土は茶褐色で重厚なこの土目が代表的です



竹本鉢の最大特徴は、石膏型による鋳込み式の技法で製作されていることです
内部の四隅に型に鋳込んだ際の凹みがあります

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