2003年11月9日日曜日

竹本・苔州の謎2

昨日のつづき

竹本鉢と苔州鉢の類似の謎を解く鍵は意外なところに有りました
30年の空白を埋めるある人物がいたのです

その人物Yさんは、すでに物故されていますが
若い頃より苔州と親交があり、また竹本の遺族の家にも出入りしていました
明治38年生まれといいますから、明治30年生まれの苔州とは世代的にも矛盾しませんね

代々東京で手広く盆栽園を営む家系に生まれ、ご自分も盆栽園を経営していました
晩年、跡継ぎの息子さんたちに苔州との親交を語っていたそうです

それによると、Yさんが竹本の没後に残されて竹本作の素焼き鉢を買い取り
それを親しい苔州に施釉、焼成してもらった鉢が存在するそうです

そうなるとその作品は、竹本のボディーに苔州が釉薬を施し焼成したのですから
二人の合作ということになりますね

また昨日の古老間に伝えられる
「竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する」

という話の真実性も出てきます

つまり竹本の石膏型を苔州に斡旋した人物もYさんであるという推理成り立ちます
これは確率の高い話ですね

ですから、合作と石膏型からの二つ理由から竹本鉢と苔州鉢には
大きさや形がそっくりで、土目や釉薬の異なる鉢が現存するのです

盆栽鉢の歴史に残る二人の作家の接点は、意外な角度から見えてきました
Yさんこそが小鉢史の舞台回しをしてくれた、キーポイントの人物だったのです

小春日和の一日、Yさんの息子さんのお話を聞きに行ってきました

竹本鉢

苔州鉢

似てますね

2003年11月8日土曜日

竹本・苔州の謎


昨日のつづき
竹本鉢と苔州鉢の類似の謎に迫ります

盆栽界の古老の間に

竹本の没後(明治25年)遺族の手に残された複数の石膏型は
その後、市川苔州の持ち物となり、それらを用いて苔州が制作したために
竹本鉢と苔州鉢には形や大きさの同じものが存在する

という説が現代まで伝えられていることは確かです

可能性のまったくない説ではありません
竹本、苔州ともに東京に住み、東京を拠点にして制作活動をした作家です

私は初めからこの説に異論はありませんでしたが
竹本隼太の没後(明治25年)から、明治30年生まれの苔州が鉢の製作を始めたと推測される
大正から昭和の初期まで、にかなりの時間的な空白があるのが気になっていました

明治30年生まれの苔州は、その全盛期といわれる昭和の初期には30歳の年齢に達しています
つまり約30年間の空白があるわけです

近世盆栽鉢史において30年の歳月の空白は長すぎますね

つづく

2003年11月7日金曜日

竹本対苔州1

小鉢の世界で竹本隼太、市川苔州といえば古典の最高峰の作家ですが
その両作家が、数多くの似かよった作品群を残しているのです

竹本隼太作・青磁釉正方
市川苔州作・瑠璃釉正方

↑の二つは間口がそれぞれ約3cmのほとんど大きさの似かよった豆鉢です
相違点は釉薬の色と、竹本は隅を切ってあるくらいです




しばしば鉢の鑑定の決め手となる土目もやや似ていますし
おまけに足の形までそっくり(やや大きさがちがいますが)
水穴の開け方までそっくりです

これでは異なる作家と断定する決め手が見つかりませんね

竹本は明治25年に没しています
苔州は明治30年の生まれです

謎は深まるばかりです

つづく

2003年11月6日木曜日

盆栽の歴史2 

盆栽鉢の水穴

日本における盆栽の起源は、鎌倉時代に描かれた絵巻物に描かた資料より
平安時代まで溯ることができます
また室町時代の狩野派の屏風絵にもよく盆栽の姿をいかけます

江戸時代になると、浮世絵に町の女性とともに盆栽や盆栽売りの商人も登場し
庶民の間でいかに盆栽が楽しまれていたかよくわかります
盆栽の形も現代の盆栽にかなり近い雰囲気です

現代でも意外なところに資料(?)があるんですよ
「サザエさん」の漫画の中によく見かけます(な~んだ、って言わないで)
終戦直後の昭和20年代、まだ日本が敗戦の痛手から完全に抜け出せないでいる頃ですら
「サザエさん」のお父さんは庭に棚を作って、盆栽に水をやっています

さて、盆栽の歴史はもっと古いはずだとは思っても
確たる資料がないので、日本においては、そこから先は推測するほかはありません

ところが、ありがたいことに、お隣の中国では
近年、盆栽鉢の起源と思われる植栽鉢が描かれた資料が出土し
新石器時代(7000年前)から盆栽が楽しまれていたことが裏づけられています

もちろんその頃では、今のように庶民の趣味として普及していたなんていうことはありませんが
時の権力者によって、盆栽の原形といえる「盆器に草花を植える」ことが行われていたんです

すごい話ですね
7000年前の新石器時代ですよ
信じられないくらいです

その盆栽が日本に伝わったのは、案外古いことのように考えられます
(聖徳太子の時代よりはるか以前)

ところでみなさんはどう思いますか?
唐の時代に、宮廷で盆景を捧げ持つ侍女の壁画は見たことがありますが
あの皿状の盆器には水穴が開いていたのでしょうかね
横道へそれてそればっかり気になっているんです

つづく

2003年11月5日水曜日

兄弟木・秋雅展より

盆栽界には兄弟木ということばがあります
兄弟というからには、厳密には、同じ親木の種子や挿し穂から殖やしたもののことですが
そこは鷹揚な盆栽界のことです

同じ作者が作った、同じ種類の似たような樹形のもの、も兄弟木と呼んでいます
その場合の親とは、作者のことなのだと広義に解釈しているのですね

前置きはこのくらいで、本題に入ります



ある同業者の話によると
秋雅展に出品されていた↑の姫クチナシは、当園のクチナシの兄弟木だそうです
同じ親木から挿し穂をとったもので、樹形の基本は同じ作者だそうです
正真正銘の兄弟ですね

年齢はなんと5~6歳しか違わないようです
うッそォー
でも本当だそうです

あんちゃんの方がいやに老けてますね
体格もかなり違いますね



この鉢で5~6年育てると↑のような太幹の姫くちなしになります
もちろん上手に培養しての話ですが

現実のサンプルを見せられると、年月の力ってすごいと思います
このクチナシに限らず、5年の歳月にはかなりのことができそうですね

勇気をもらった姫クチナシの兄弟木の見本でした

2003年11月4日火曜日

盆栽と盆栽鉢の歴史1

古渡烏泥長方盆(こわたりうでいちょうほうぼん)

先日、掲示板で盆栽鉢の正面の話が話題になりました
その際に「盆栽鉢は香炉より品格が落ちる」という意味のカキコミがありました

これは黙って見過ごすことはできません

しからば(調子が硬いね)盆栽とは何ぞや、少しくらいは語らねばなりません

盆栽人の名誉のために

そのためには、私達は盆栽や盆栽鉢の歴史を知っておきましょう

しかし、盆栽や盆栽鉢のルーツに辿りつくためには
何千年もの歴史、美術史を遡ることが求められるようです

”いいんじゃん、楽しく盆栽やってれば”

みなさんが口を揃えてそう言ってくれれば助かるんですね
考えてだけで私も疲れが出てくるんです

ですがこの際、語らねばならないのです

文献によると、盆栽鉢の起源と思われる植栽鉢が
中国の新石器時代(7000年前)の出土品に描かれているそうです

そして隋や唐の時代(7世紀~10世紀頃)には
円形や連弁形や長方形の盆栽鉢が存在したことは、資料により明白な事実です

みなさん、自信を持ってください
盆栽や盆栽鉢は何千年前の人々にとっても愛好されていたんですよ

↑の写真のような「古渡り鉢」は、「野香炉」つまり、お墓の線香立てであったものを
盆栽鉢に転用したものだと信じている人たちがいます

しかし、この説はいまや否定されされつつあります

難しいことはこのあたりにしましょう

とにかく、みなさんは、何千年の歴史を持った趣味を毎日楽しんでいるのですよ
これは事実です

2003年11月3日月曜日

大助浪千鳥

大助の作品は、彼がボディーを作らず鉢の絵付け師として生きたために
土目、形、大きさはもちろん、絵の傾向も多様でした

平安東福寺が生涯自前の窯を持たなず借り窯であったために
その作風は非常に多様であったことと似ていますね



鉢作りといっても幾工程もあるわけですから
大助は結果として、絵付け師として生きたことが幸いしたような気がします

さて今日とり上げるのは、浪に千鳥の作品です
古くから日本人に親しまれてきたこの文様ですが、色絵は少なく
ほとんどが呉須(ごす・青い釉薬)で陶磁器に描かれています

大助は大胆にも複数の色を用いて浪千鳥を描くことに挑戦したのです
絵師大助はここでも非凡な力量を発揮しました

瑠璃釉薬の胴の前後に窓を切り
簡明な図柄に色数と色調を抑えて描いた浪千鳥は、可憐でしかも生きているような躍動感があります

大助鉢の傑作の一つに数えていい出来栄えです

あのドングリまなこのげじげじ眉毛のおっさんが
こんな可愛い千鳥を描いたなんて信じられませんね
(彼が生きていたら怒られちゃいますね)

2003年11月2日日曜日

秋雅展より

秋雅展で普通サイズの小品より小さめのミニの席を見つけました
樹種は控えてこなかったのでわかりませんが、流れとか高低強弱のイメージはつかめますね


雑木づくしの席飾りです
真ん中に置いた箱卓(はこしょく)のテンバの量感が利いていますね
この木の量感が足りないと席全体が締まらなくなってしまいます


敷物を敷かずに、床にじかに卓を置いています
これも新鮮でいいと思いました

近年飾りがていねいになり過ぎ
卓や地板を二重三重に用いているのに飽きていたところです
いいですねー

空間の広がりを感じます


草物盆栽作家・山根景子さんの作品の一部

短冊形の陶板を使っています

さすが山根さんです

この草物は三点セットの左側に位置している作品ですから
短冊は右に向かって流れるように組み合わせてあります(奥が右へ出ている)
反対の組み合わせだと左流れになって、定法からはずれます

2003年11月1日土曜日

秋雅展見学

恒例の秋雅展が10/31より11/3まで、上野グリーンクラブで開催されています
秋雅展は関東で開かれる小品盆栽の展示会では、規模もレベルも一番です

私も昨日行ってきました
平日ですがたくさんの見学者で盛況でした

売店もたくさん出ていて、売れ行きも好調のようです
売れ行きは業者の皆さんの機嫌でわかりますからね
もちろんみなさん御機嫌上々


会場の片隅では盆栽講習会
後ろ姿は講師の大和園の広瀬さんです
広瀬さんの講習は分かりやすいですね、真面目な人柄がよく出ています
生徒さんも熱心でした


会場の展示品の中に、六角鉢を使った盆栽を見つけました
伊万里焼の染付け六角鉢ですね
うれしいことに、足と角を正面にした正しい使い方をしています
小品業界ではリーダー達の指導がけっこう行き届いているようですね
盆栽はメギでしょう

今日と明日、まだ二日間あります
東京近辺の方はお出かけ下さい

上野公園内の水上動物園の入り口近くです

上野グリーンクラブ
℡03-3821-4587・03-5685-5656
午前9時から午後5時(最終日は午後4時まで)

2003年10月31日金曜日

山もみじ点検

この時期、盆栽はみな美しくなりますが、とくに雑木類の変身振りが楽しみです
芽出しの時期から、毎日、芽摘みよ葉刈りよと気にかけてきたわけですから
自分の子供の成長を半年振りに目の当たりにする親の心境です

気が早い人はそろそろ葉を切りとって裸の雑木の点検に入り
半年間の培養の総仕上げ(剪定)をするわけです
この時期から今年一杯くらいがその適期です

この時期がいい理由は、雑木類が休眠状態にあるからです
お正月頃になると、すでに根は活動を始めていて、切ると透明の樹液が流れ出します
樹液は人間の血液のようなものです

この時期をはずした人は、春彼岸頃に植替えと同時に剪定を行います
根を切れば樹液は流れません


まず目に付くのは鉢が小さいですね
培養上は水さえ届けば小さくともいいのですが、これではちょっと小さすぎますね
鑑賞上からは、もみじの大木を受け止めるには鉢の印象が弱いようです

いずれにしても来春は新しい鉢を物色して、男っぷりを上げてやりましょう
そうです、この木は男性的ですから、男っぷりですね

その他、根元、幹筋、枝順、古さなどは申し分なくできています
気になるのは、三分の一から芯にかけての枝が、下枝に比べてやや元気がよすぎることです


樹冠の部分は人間でいえば「顔」と考えてください
顔には表情がなければいけません

このもみじも樹冠の部分が込み入って、いていまいち表情がはっきりしません
枝と芽数を減らす作業を時間をかけてゆっくりと行います
急いではいけません

どっちの枝を切ろうか迷ったときには、しばし休憩です
無理をしてがむしゃらに進むと後で後悔しますよ

また剪定も大事ですが、もみじは生育期の管理
そうです、芽摘みや葉刈りの抑制策の方が影響が大きいのです
このもみじの場合、およそ二年間の丹精で全体の枝の勢いが同じようになってきます

2003年10月30日木曜日

東福寺複製品

平安東福寺の複製品です
出来栄えはなかなかです

関心のある方のために本歌(ほんもの)との違いを解説しましょう


釉薬ーかなりいい瑠璃色の発色ですが、艶が足りないようです
鋲ー本歌の鋲はこんなに尖っていません、もっと手つくりの柔らかい感じです


足ー三本の平足ですが、本歌だったらもう少し長目に、そしてボリューム感ももっとあるでしょう
落款ーぼやけていますね
土ー似ているようですがちょっと感じが違います
底の印象ー本歌の巧みな技にはかなわないようです

以上見分けのポイントです

2003年10月29日水曜日

作者不明

最近入手した小鉢ですが、作者がわかりません
落款は二つあるのですが、識別できないのです

向かって右は「手ひね○」と読めるので「手ひねり」なのでしょうが
左はまったく読めないのです

落款は読めなくとも作風から推定される場合も多いのですが
ちょっと思い浮かびません

かつて、関西のかの有名な収集家「福井良次氏」の所蔵品であり
またかなり以前の日本盆栽協同組合の売り立て写真帖に掲載されていたことは分かっているのですが
肝心の作者が不明です


ざっくりと手捻りで仕上げたいい味です
長年使い込んであります


二つの落款

2003年10月28日火曜日

市川苔州鉢

明治から戦前に活躍した鉢作家・市川苔州は、竹本隼人や平安東福寺とならんで
すでに盆栽史の古典作家となっています

是非知っていただきたい著名作家です

苔州作・辰砂釉木瓜式樹盆

茶褐色の鉄分の多い素朴な感じの土目
辰砂釉や鉄砂釉に優品が多い
丸が対外(木瓜式・八角など)には流し込みの型を用いている
無落款の作品が多い(半分以上と推定)

ちなみに意図的な贋物は見かけませんが、無落款のものが多いので
似た作風のものを「苔州鉢」と勘違いしている場合を見かけます

実際の作品の画像をお見せしながら徐々に解説していくことにします

2003年10月27日月曜日

根元の太り

昨日の続きです
大きな鉢が根元の発達を促すのではない例です

この山もみじは大きな鉢で育てたものをこの鉢に入れたのではありません
長年この鉢で育て上げたものです
いかがですか?

山もみじや楓は地植えにすると数年で直径5cm
肥えた畑ですと10cmにも太りますが
鉢に入れると太りは極端に鈍くなります

そのかわり根元は太ります
ここにも盆栽向きの性質であることがわかります

小さな鉢で根の伸長が妨げられるため、根元が太るのです

根元は、盆栽の老木感を出すのに欠かせない要素ですから
この面からも、もみじや楓は盆栽に真向きの樹種といえます



2003年10月26日日曜日

古さを促す


山もみじの足元と木肌の縦縞

山もみじの根張りと縦縞の入った白い木肌は
細かく分岐した小枝とともに雑木盆栽の最大のみどころです

こんな根張りと木肌にすることができるのでしょうね

目に付くのは培養中のみなさんの盆栽が、やや大きめの鉢に植わっていることです
ちょっと考えると当たり前のように感じられますが
大きめの鉢では幹や枝先は太っても、根元は案外太りませんし
木が若くなり木肌を作るには適した方法とはいえません

ある程度全体の骨格が出来上がったものは
意識的に鉢を適当な大きさに締めてやりましょう

根先に行くはずの養分が溜まり根元の発達を促してくれますし
枝葉に比べて根の大きさを制限されているので、木も年をとるのが早まります

みなさんの盆栽は鉢が大きすぎませんか?
点検してください

2003年10月25日土曜日

小枝の魅力


楓の落葉後の姿

落葉にはまだ間がある季節ですが、盆栽人は気が短い
葉を切り取って一年間の培養の成果を見たくなりますね

この時期になれば培養上も差し支えありません

雑木の魅力の一つはやはり落葉後の寒樹の姿でしょう
葉をすっかり落とした雑木山を遠望すると、木々の梢が霞のようです

盆栽では小まめに手を入れた梢は一目でわかりますし
怠けた一年間もやはり一目で見破られます

怠けた人は、来春伸び過ぎた枝をやや強めに剪定し、やり直しです
その計画を建てるのがこの時期です

今から年内が剪定の時期です
一月になると気の早い雑木類は根の活動が始って
強く剪定すると樹液(人間では血液)が出て木が弱ります
今が休眠期

2003年10月24日金曜日

木々の生い立ち



名前のとおり富士山麓に自生する小輪の山桜です

切り込みに強く持ち込むにしたがって幹肌も荒れてきます
小枝が細いのでミニ盆栽としての適正をもっています

地元の方に聞くと
富士山麓の厳しい自然に耐えてたミニの素材は年々減少してるそうです

このミニの富士桜の見どころは、
親幹の根元から吹いた小さい芽が、逞しく育って樹形を形成しているところにあるでしょう
親幹は厳しい自然に風化し、いまはその根元に面影を見るだけです

盆栽を鑑賞する場合、現在の木姿だけでなく、
その木が背負っている生い立ちにも思いを向けてみたいものです

より一層の愛情が感じられます

2003年10月23日木曜日

超ミニの構図

樹高わずか5cmの超ミニの山もみじです
立ち上がりの幹の太さは小指ほどに太さで
切り返しで強い曲がついています

幹は次第に細くなり右に流れ、樹芯部で左に強く屈曲し
その部分から一枝が右に差し出されています

樹齢は20年ほどと推定され、幹肌はすでに出来上がっています
来春に今の仕立て鉢の直径半分くらいの化粧鉢に植えるつもりです

構図から見ると、まさに一枝の魅力です

故中村是好氏は、ミニ盆栽の木姿の理想を
役者が花道で「見得を切る」ときの姿に求めていました

一瞬静止したときの役者の姿は
ギリギリの極限まで変化を追いながら、微妙な安定感があります

このミニのもみじでいうと
差出された右の枝は、右に流れた幹筋をさらに右に力を流して不安定になる恐れが十分ですが
その力を微妙なところで釣り合いを取っているのが、左に向いた芯の部分です

動きの中に一瞬の静止した美しさを感じます


このように、ミニ盆栽の木姿は一枝の魅力により成り立っている美しい構図が大切です

変化と安定、簡略な木姿、そのあたりを目指してください

2003年10月22日水曜日

六角鉢正面1

丸鉢の正面は足を基準にすることの意味をわかっていただけましたね
さて六角鉢ですが、この場合も丸鉢に倣(なら)って足を正面にするのが定石です
やはり足が左右に開いた位置は、足の正面が見えませんね
「足の正面が鉢の正面」です

六角鉢の場合はこの角度ですと、角が正面にきてしまいますが
それを気にすることはありません
あくまで、足が正面から見える位置を鉢の正面にしていくのが、伝統に倣った作法です

1)薩摩香炉丸の鬼面足の部分

下の伊万里鉢の真ん中は丸鉢で、左右は六角鉢です

2)伊万里三態

これが正しい正面です

3)小糸泰山六角

この小糸もこの位置が正面です

4)市ノ倉石州六角

問題の六角鉢の六本足の場合も胴ではなく、足を基準にして正面を決めます
上が正しい正面

5)市ノ倉石州六角

足が4本見え、安定感と広がりを感じる角度ですが
ここは正面ではありません
みなさんが一番迷うところですが、自信を持って4)の角度を正面にしてください

もしここが正面とすると、丸鉢の「足の正面が鉢の正面」という基準が
他の形、すなわち輪花式や古鏡型において解決が付かなくなります
それらの形においてはすでに「足の正面が鉢の正面」という原則は盆栽界の常識として定着しているからです

わかっていただけましたか?

6)紫檀丸卓

以上の常識は卓台についても同じです
この丸卓も足を正面にするの定石です
足の形と細工がよく見える角度ですね

7)紫檀丸卓

この丸卓も五本足ですが、その一本の足の正面が卓台の正面です

8)紫檀丸卓

珍しい六角の卓台ですが、鉢に倣って足を正面にします

以上、著作権の問題もあって写真集からの引用はままならない現状なので
現時点ではこのすくないサンプルでご勘弁願います
1)、4)、5)以外は権威ある展示会の写真集より引用させて頂いてものです

また、六角鉢もしくは八角鉢については、足が角ではなく胴の中ほどについている例外もたまには見かけます
その場合も「足の正面が鉢の正面」という定石は守っていきましょう(この場合は胴が正面にきますね)

ですから、六角鉢は角が正面というより「足の正面が鉢の正面」という表現の方がより適切ですね
改めて訂正して確認しておきます

わかりやすいサンプルが手に入ればこの項は順次続けてお話していきます

2003年10月21日火曜日

黄実ピラカンサ

黄実のピラカンサ

ピラカンサは、いまではなくてはならない実物盆栽の人気樹種になりましたが
数十年前には園芸的な品種として、一段低い地位に置かれていたこともありました

やはり一つの樹種が盆栽樹種として盆栽界で評価を得るためには
一流の盆栽展示会へ作品が出品され、その樹種の魅力が認められることが一番ですが
ピラカンサは、人気が有りながらも、長い間盆栽人を納得させるだけの名品が存在しなかったために
低い地位に置かれていました

名木が少なかった理由の一つは
古い太幹ものを畑から鉢に入れて盆栽に仕立てようとしても
ピラカンサの根が粗く活着率が悪く、その上肌が荒れるまでにかなりの年月を要することが考えられます

いまでは培養技術の進歩などにより幾多の名木が存在し
実物盆栽として不動の地位を確保しています

さて、ピラカンサの実にも赤、橙、黄とあり
また同じ色でも微妙に色彩が異なります
品のいい色彩の実で、枝の性質が細かく、木肌の荒れやすい性質のものを選んで盆栽に仕立ててください

ピラカンサは実成りもよく性質も丈夫なので、初心者の方でも簡単にこなせる素材です