2004年8月18日水曜日

青閑・七福神

柴崎青閑の代表作として知られる七福神

伝統技術の江戸指物師による華麗で粋な化粧箱に入れられた8点セットは
世に2組存在することが知られていました

一組は、去る6月の初旬に当HPのPART45で頒布されたもの
残る一組は、昨年秋に近代盆栽誌上で紹介された著名な豆鉢収集家・窪寺一郎氏の秘蔵品です

この度、窪寺氏より放出されましたが
かねてより私が入手を熱望していることを知っている友人のKさんが仲介の労をとってくれました

嬉しいですね
持つべきものは友達です

このように名品・珍品を収集するには、いい人脈がなければとても無理なこと
普段から培った人脈こそが最大の見方です

ごゆっくりご鑑賞ください


柴崎青閑作 銘「七福神」(共箱共布付)

柴崎青閑の生涯の作品中で最も有名な「七福神」の一揃い


箱裏にある窪寺コレクションの印

窪寺コレクションの多くは「此ぬし一泉」と印されています
一泉は窪寺一郎氏の雅号

それではまず七福神の仕度(箱などの装丁)から鑑賞していくとしましょう



技術と伝統を誇る江戸指物師による素晴らしい箱です

左上が閉じた状態、観音開きのデザインです
材質も吟味され、木目が美しい

下の段左、なんと観音開きの扉はデザインだけでした、箱は中央から真っ二つに割れます
木目が通っていますから外見からはわかりません、驚きです

箱はみごとに左右に割れ内側の蓋が見えてきます
伝統の技、この箱の仕掛けはみごと

雰囲気が盛り上がり青閑鉢の魅力がさらに引き立ちます

お洒落な遊び心いっぱいの楽しい仕掛けはまさに青閑の独壇場
江戸趣味の極致です


八点で一揃い
七福神なのに八点揃いの理由は↓でわかりますよ
箱の裏には青閑自らの彩色画が描かれていて、屏風仕立てになっています
引き出しの中に紫檀製の屏風の足が入っています


屏風拡大図 おめでたい富士山

それでは鉢を一つ一つ観てみましょう


恵比須
商業の神様、鯛を釣り上げている図で有名ですね
躍動感溢れる青閑の筆致がみごと


毘沙門天(びしゃもんてん)
須弥山(しゅみせん)に住む帝釈天の護衛役
甲冑に身を固めています
青閑独特のユーモアを含んだ表現

この毘沙門天に踏みつけられているのが「天邪鬼」です


弁財天(弁天さま)
音楽や財福の神様、現代的な美人に描かれています

他の作品と比較してみると、青閑の理想の女性像が垣間見えてきます


大黒
食べ物の神様
おおらかな表情が印象的


寿老人(じゅろうじん)
長寿の神様


福禄寿
福と長命の神様、長い頭で有名ですね
果報は寝て待てとばかり、のんびり寝そべっています


布袋
円満の神様
青閑独特のおおらかな筆致がみごと


八点目があるのは箱にピッタリ納める都合もあったのでしょう
「七福」「七笑」と大書しています

青閑においてはその書もデザインとしてみごとに絵になっています

共布のようす
 
恵比須公

 
大国天

 
布袋尊

弁財天

 
寿老人

 毘沙門天

 福禄寿

七福七笑

2004年8月6日金曜日

青閑と東福寺

先月の27日に突然ADSLが繋がらなくなり、一時は復旧したのですが
その後はまた不通になり、今もダメの状態

加入しているプロバイダーは”いま調整中です、今日明日中にも”を繰り返しているだけで
このままでは当分埒があきそうにありません

しかたなしに、原始的な方法、電話回線にPCを繋ぎ
ダイヤルアップ接続で凌いでいます

それにしても遅いゾー!
数年前まで当たり前だった速度が、いまでは耐えられないほどです

新幹線と在来線?
いやいや、かたジャンボジェット、こちらは各駅の在来線です!

ADSLは不安定なので見切りをつけ、たとえ復旧しても光回線に乗り換える準備をしています
しかし、二ヶ月待ち、ちょっと辛いがここは腹を据えて”忍耐”あるのみです


いままでにご紹介した青閑の絵の中では異色です



珍しく西暦で年号を表しています
1950年(昭和25年)の6月の作品です

太く早い黒い線で輪郭を描き、そこに平面的に色彩を施した大胆な手法
まことに自由闊達な印象です

黄色、緑、青の色彩を多用する中で、ばらの棘の赤が効いていて
この絵の一種怪しげな雰囲気を醸し出していますね

スケッチブックに見られる青閑の絵の表現方法の多彩さは
鉢の制作においても遺憾なく発揮されています

そして、いまこうして彼のスケッチや鉢作品を「日本の盆栽鉢作家史」という道筋の中で見つめてみると
青閑鉢の作風の多彩さは、かの平安東福寺に匹敵するものがあり
その自由闊達な作風からも、この二人が同じタイプの鉢作家に属することなどが透けてくるのです

偶然に手に入れた青閑の30枚のスケッチ
これらをつぶさに考証することにより、僅かながらも青閑鉢の秘密に迫ることができました

いつか東西の二人の巨匠・柴崎青閑と平安東福寺の人と作品の比較検証にも触れたいと思っています
ご期待下さい

2004年8月4日水曜日

青閑の趣味三昧

この絵も終戦直後の青閑の精神生活を如実に表しています

スケッチが描かれた昭和二十二年といえば、終戦からわずか二年
日本は連合軍の占領下にあり、マッカーサー、進駐軍、闇市、配給等々の言葉が思い出されますね
混乱した社会の中で青閑の精神生活はどのようなものであったのか
このスケッチから推測してみましょう
まず描かれた鉢の周りに書かれた文字の解読してみます
よの中の 美しきもの 手さぐりに つかまらねとも 追うな○○  新五郎

「○○」の二文字はくずし方が変則的で判読しにくいのですが
無理をすれば雨鳥(あまどり・ツバメの類)と読め、一応全体の解釈はつくようです
鉢の表面には、目隠しをされた女性が両手を中に浮かせて
ものを探している様が描かれています
脇には「手のなるほうに」という文字が書かれていて
まさしく目隠しの鬼ごっこの場面です
この女性は青閑自らの姿であり
追っかけているのは、もちろん大好きな名鉢にちがいありません
「つかまらぬとも 追うな」というフレーズや鬼ごっこの場面などから
収集家と知られた青閑が、思うように名鉢を集めることができない現実への焦燥感や苛立ちの表現とも受け取れますし
また自らを慰撫して、焦るな焦るなと言い聞かせているようにも受け取れます
いずれにしても、青閑はこの昭和二十二年という敗戦直後の混乱した世の中に生きながら
盆栽趣味に一心不乱になっていたことは間違いありません
まさしく、浮世離れした超変人!
純真無垢な青閑の行動は、世の中の動きにも無関係、首尾一貫していたのです

2004年8月1日日曜日

青閑鉢のルーツ(青閑スケッチブックより)

昭和20年5月29日写と署名のある青閑のスケッチ
国立博物館の東洋古陶展に出品された、群馬県吾妻郡原町岩櫃出土の弥生式土器を模写したものです

青閑は、神社仏閣を訪ねたり、諸方の展示会を見学したりしてそのつどスケッチを残しています
聞くところによると中年になってから本格的に絵を学んだそうです

ところで昭和の20年の5月という時に展示会で観た弥生式土器を一心不乱に模写する彼
世間の人たちの目にはどのような人間として映ったいたのでしょうか

今ではそれらを詳しく知るよすがはありませんが
とにかく凝り性で、関心を持った事柄にはトコトンのめりこんでいく性質であったそうです



小鉢の模写
下に掲載の青閑の自作鉢と比較してみてください

青閑の鉢に漂う平明なイメージ
とくに縁や胴の素朴な線と面の素朴なあっさり感は彼独特のものです

たまたまくどい装飾を施してさえも、青閑の作品はどこまでもこの素朴なあっさり感は付きまとい
いとおしいくらいです

私はこの一枚のスケッチに出会ったときに青閑鉢のルーツに行き着き
その個性の根源を見極めたような気がしました

きっと、このスケッチに描かれている弥生式の土器のイメージこそが
かれの一生涯求めてやまなかった究極の小鉢の姿だったのです





2004年7月27日火曜日

青閑の山採盆栽

この絵は昭和二十九年に自作の盆栽、岩やなぎを描いたものです
青閑のスケッチブックを詳しくみてみていくうちに、面白いことが次々とわかってきました

鉢の部分に培養十年  花落又開  昭和二十九年早春とありますね
びっくりするのはその下の文字です



岩柳

昭和十九年春
神奈川県大船市山崎ニテ採取

とあります

みんさん、いいですか、よく考えて見ましょうよ
昭和十九年という年をです

すでにかの山本五十六元帥は前年の4月に戦死し
空襲に備えて、東京の学童疎開は今まさに始まらんとしていたのです

敗色濃厚な戦時下でですよ
青閑は大船市山崎(現在は鎌倉市山崎)の山中で山採りを楽しんでいたんです!

かなり徹底してますねー
すげーことです

名利にとらわれない世俗を超越した青閑の作風の謎が
このスケッチ一枚から見事に解けました!

これは貴重な資料です

青閑の蛍ぶくろ

この淡彩のスケッチを見ると青閑鉢の絵付けの巧みさが肯けますね
色彩感覚も抜群です


昭和二十六年のスケッチ

2004年7月25日日曜日

青閑と是好

青閑のスケッチブックを手に入れました(30枚)

昭和の20年代から30年代にかけての描かれたもので
彼の素顔に迫るための貴重な資料にもなります

そのうちの何枚かご紹介しましょう



秋花是好

深山紫苑  盆二寸余  草丈又同  風雨有情 
中村是好氏作  昭和二十八年仲秋  凡彩写

深山紫苑(みやましおん)とはキク科の花の名前
中村是好が作った草もの盆栽を写生したものであることがわかります

是好は亡くなるまで東京葛飾・堀切の住人でしたし、当時青閑も堀切近辺に住んでいたはず
二人の交遊のほどが偲ばれます

青閑は凡彩とも名乗っていました

それにしても昭和28年といえば、あの惨めな戦争が終わって僅かに8年
(私は小学生)
まさに、花より団子の時代ですよ

その時代に豆盆栽に興じていたのですね、このように改めてその証拠を突きつけられると
世相を超越した二人の「筋金入りの通人」ぶりがわかって楽しいですね

2004年7月24日土曜日

中堅作家再発見

かなり以前(15年くらい)に間口3cmほどの正方の四面に文字を書いた豆鉢を手に入れました
たしか5,000円だったと記憶しています

鉢裏に(木黄)と釘彫りの落款がありましたが、どう読むのかもわかりません
でも、磁器の生地といい、淡い色調といい、とても静かな雰囲気で気品が感じられました

そのまま小さなウインドケースの中へ入れ、他の小鉢と一緒に楽しんでいたところ
親しい同業者が目に付けて「ほーッ、モッコウさんの鉢があるじゃないの」ということで
木黄(もっこう)という豆鉢作家を知ったのです

数を手がけてみると、その鉢作りの技巧はかなり精密で高度
また施された文様やデザインの文字なども気品に溢れ、なみなみならぬ人物であることが推測されます

東京を中心にした豆盆栽愛好家のなかでは地味ながらそれ相当に知られた作家ですが
このままではもったいない、もっと全国の豆鉢ファンにも知っていただきたい、と強く願っています


木黄作 染付丸鉢

唐の大詩人、李白の「将進酒」という詩の一節を引用し、デザイン性を強く意識して書いています

君不見黄河之水天上来 奔流到海不復回
(君見ずや、黄河の水天上より来たり、奔流海に至りて復た回らざるを)

染め抜きの達筆な文字とその変化にとんだ配列が、藍色の地に映えてみごとな絵になっています
木黄ならではの気品あふれた作品

豆鉢のわずかな空間にスケールの大きな詩文を書くことにより
無限の世界を意識させ、ロマンのある作品となっています


文字の大小や配列が巧みですね
この豆鉢のデザインとして鉢と一体化しています


天の文字を強調してポイントを作っています


木黄書の署名が見られます




木黄作八角鉢
濃い呉須の地に、各面に文字を染め抜いた気品のあふれた作品


木黄作 染付六角鉢

六面に篆刻文字をあしらいみごとな格調の鉢に仕上げています
木黄の持ち味が遺憾なく発揮された格調高い作品

2004年7月23日金曜日

中堅作家再発見

普段からともすると私たちは、すでに評価の定まった一流作家の作品を扱う方が楽なので
そちらへばかり目が行きがちですが、この傾向には反省させられることもあります

中堅作家の作品の中にも、たまには抜群の一級品がまじっていることがあるからです
これからは、そんな作者や作品に出会ったときは積極的に再評価し、皆さんにご紹介していきたいと思います


杉浦景仙作 辰砂釉窯変長方

辰砂釉の中に緑色の窯変がりちばめられた見事なできばえ
一流の作家と比べても遜色ない釉薬の色彩、ボディーの精密さ、そして品格

景仙は昭和10年生まれ
盆栽愛好家より鉢作家に転向したといわれるだけに、使い勝手のよい作品には定評がある中堅作家です

作風は多彩で、釉薬ものから焼締めもの、ボディーの形状もさまざまで
この辰砂釉長方のように、思わずハットするようなレベルの高いものに出会うことがあります

その度に、もっと評価されていい作家であると思っていました

いまから10年以上前、改築される前の上野グリーンクラブの催事売店などに出店していたのを
よく見かけた記憶がありますが、最近は見かけませんね

そう、痩せた色の黒い人で、あまり身なりは構わなず、ボサボサ頭が印象に残っています
元気で作陶しているのでしょうか


安定し格調ある姿ですね
もしこの鉢が「景仙」ではなく「竹本」の作品であったならどうでしょう?

世に名品としてもてはやされるに違いない
それほどのレベルに達した作品だと思います

だがしかし、この一点をもって杉浦景仙を竹本隼太に匹敵する作家だすることできません
生涯の作品全体のレベルや、いかにたくさんの名作を排出しているかなどにより作家の評価や知名度は決まるのです

でも、とにかくこの一点に限ってはすばらしい!
そういう評価の仕方もあると思います


反対側正面の色彩もきれいですね


鉢裏と足のようすにも品格があります

2004年7月22日木曜日

林沐雨・失敗談

関東地方は一昨日、昨日と異常な猛暑
まるでフライパンの上にいるようで、焦げそーッ!

そんな中で失敗談を語るのは辛いんですが
盆栽屋.comだって人間、たまには暑さボケ(欲ぼけかな?)して後悔することがあるんです


一週間ほど前にお目にかかった林沐雨の染付鉢です
少々絵はボケているけど、沐雨の染付は数が少ない希少品

沐雨らしく縁と足に黄色の色彩を施し華やかな雰囲気を醸し出し
ソフトな趣のある佳品です


よくよく点検すると、隅の一箇所に釉薬のかかっていないところを発見
これは???

ルーペでよくよく見ると、窯の中で釉薬が飛んだもの
つまり、釉飛(くすりとび)といって、ぶつけた傷(ホツ)ではありません

後天的な傷(ホツ)と先天的な(釉飛)とは、評価に雲泥の差があるので
これならOK、値段も格安OK、と購入決定!


ところが、家に帰ってよくよく再検証すると、あれ、れ、れ、れッ!
みなさん、画像ではわかりにくいんですが、隅の縦の線が不自然に光っているのです

ルーペでよく見ると、貫入(ヒビ焼の割れ目)へ透明の接着剤(アロンアルファ)のようなものが入っているのが見えます
参った!!!

焼き物に貫入はつきもの
こんないたずらしなきゃいいのに、これで不良品になっちゃうんです

修理しなくともいい箇所でも、修理をした痕があれば、修理品とされてしまうのは当然ですね
これでは、売り物になりません

よろしいですか、みなさん
欠点のある鉢でも、資料的な価値のある名品などはワザと修理せず
傷は傷として認めるのが本来の趣味人の心意気です

目立たぬように修理することにより、なんだか疑わしい品になってしまうんです
ましてや、欠点ではないものに手を入れてはいけませんね

ということで、暑さ厳しいおり、今回は反省!
(いやに値段も安いと思ったんです、じつは・欲が目を曇らせたんですね)


裏面はボケているけれど、沐雨特有の柔らか味のある絵


側面の描き込み、いいでしょ


これも側面


縁に黄色の色彩を施しアクセントに線を入れています
洒落たデザインです

惜しいことをしましたということで、お恥ずかしい失敗談でした

2004年7月20日火曜日

百日紅開花

夏に似合う花、百日紅
花の色はピンク、紫、赤、白といろいろです

そして、花の色が濃いものほど飴色の木肌の色も濃く
特に白花のものなどは、白っぽい幹肌をしています

培養は簡単な樹種で、水も肥料も好きですが
春から入梅にかけてあまり肥やすと、小枝がごつくなるので、秋の肥やしを多めにします

唯一、寒さに弱いという弱点がありますので
冬の乾燥した風には気をつけ必ず冬囲いをしてください

花芽は春に伸びた新芽の先に付きますから、春先の芽摘みはしません
新芽の出る前に枝の整理をしておきます


百日紅らしい自然体の樹形
春に伸びた新芽の先に花芽が付いています


濃いピンクの花

2004年7月17日土曜日

東福寺高取釉

朝鮮出兵(文禄・慶長の役)のおり黒田如水・長政親子が連れ帰った陶工・八山を祖とする高取焼
千利休の弟子の茶人・小堀遠州の指導により、その釉薬はさらに華麗多彩に発展したと伝えられます

探究心の旺盛な東福寺は、この高取焼の釉薬に強く魅せられた鉢作家の一人ですが
その作品は圧倒的な存在感を持ち、まさに「東福寺独自の高取焼」として完成されています


平安東福寺高取釉一対

高取釉の魅力は一口にいって、溶岩流のようなドロドロッとした釉薬の動きと輝きにあるのでが
東福寺はその釉薬の動きを垂直ではなく、縁から斜めの動きに変える工夫をしました

鉢の下辺には釉薬がかかっていず、生地がむき出しですね
このように意図的に釉薬を上部にだけ施す技法を「半がけ」と呼びます

東福寺はこの「半がけ」の技法をさらに下辺を斜めにすることのにより
最大の魅力である、華麗な釉薬の流れの勢いを強調することをねらったのです

それにより釉薬の流れの力強い動きはさらに加速され
東福寺の意図はみごとに成功しているのです

さらに、釉薬の色彩と輝きや量感の豊かさとあいまって
類稀な魅力を発揮しています

釉薬の魔術師、東福寺の世界を堪能してください




釉薬の躍動感、美しい流れの景色です


作者の意図はみごとに具現され
釉薬の流れは絵になっていますね


釉薬の輝きも印象的


鉢裏と足の様子



釉薬溜まりの量感
高取釉の魅力が遺憾なく発揮されています


釉薬の輝き、迫力ある躍動感


神秘的な深みのある釉薬


足と鉢底のようす


拡大図(大)


拡大図(小)

2004年7月11日日曜日

町直・豆盆五景

つれづれ草、しばらくご無沙汰してすみません
更新の途絶えた訳は、生活のリズムを変更したからです

詳しくお話しすると、私は早朝につれずれ草を書いていました
ところが、この三週間ばかり前から、早朝に散歩(歩行訓練)を始めたのです

HPを開設してから以来、週に5日くらいは励行していた散歩を怠けるようになり
最近、かなり足腰が弱ってきているのがしきりと自覚されていたのです

情けない事に、足は細くなるはお尻の肉は削げ落ちるは、おまけに息切れはするし
これじゃ、長くは持たんワイ

ところが、生活のリズムという奴はデリケートなもので
他の時間帯では、つれづれ草に集中できないのです、これにはまいった

というわけで、これから少しずつ調整していきます
よろしく

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私が20代の中ごろ、洗足池のほとりの風致会館で、何度か今岡さんにお目にかかったお話はしましたね
それ以後の作品と思われる楽しい豆鉢のセットを手にしました
みなさんと一緒に鑑賞したいと思います


今岡町直作   銘 「豆盆五景」

箱の寸法は間口15.4×奥行き4.3×高さ5.4cmです
小さいですよ

箱は桐製の上等品で、手前の色変わりの箇所は紫檀をかぶせてあり
下段には紫檀の組み立て式の卓台と地板が収納されています

華麗多彩なこの豆鉢セットには、明治の名工・竹本隼太と
大正昭和の名工・平安東福寺の影響が色濃く見られます

めったに共箱を作らない町直ですが、よほどの自信作であったのでしょう
まさに町直豆鉢の集大成とも言える究極の作品です


前面の框(かまち)に紫檀を施した高級桐箱


蓋の裏書
町直の署名入りの共箱は珍しいものです


付属の紫檀地板に飾った姿


金彩六角鉢
間口1.9×奥行1.9×高さ1.6cm

六角鉢にあでやかな金彩を施した町直の感性はさすがです


白磁正方鉢
間口17.×奥行1.7×高さ1.2cm

竹本ばりの白磁、生地も繊細、釉薬も透明感があり秀逸です


梅花皮(かいらぎ)長方鉢
間口2.2×奥行1.8×高さ1.3cm

「かいらぎ」とは、鮫皮のことです


桃花紅長方鉢
間口2.2×奥行1.8×高さ1.3cm

町直はこの釉薬を桃花紅と表現していますが、辰砂釉としてもいいでしょう


飛び青磁正方鉢
間口1.8×奥行1.8×高さ3.5cm

白磁に青磁釉を散らした奇抜な意匠です