2005年3月23日水曜日

二代平安東福寺

二代平安東福寺は大正8年の生まれで、本名・水野勇
作陶歴は意外に短く、昭和7年ころより昭和14年の出征までの前期と
それよりかなりの空白を経た、昭和45年の初代の死後の後期に大別できます

現存する水野勇の真作のほとんどには「二代」「勇作」「ゆう作」の落款が
父親譲りの楓落款などと併用されており、かなりの出来栄えのものが見られます

ところで、その作品群全体に対しては、偉大な父の陰に隠れた、いはば日陰者的存在の印象が強く
正当な評価がなされていないというのが偽らざるところです

例えば東福寺の贋物を称し「これは初代ではない、二代目だよ」と表現するように・・・

東福寺に多く見られる贋物の代名詞が「二代目」では、これは浮かばれない
浮かばれないどころか、盆栽界のためにならない、みなさんもそう思うでしょ

どうしてこのような混乱が生じるようになったのでしょうか?

水野勇氏は初代亡き後、自ら意識して父の作風に似せ(心ない誘惑もあったのでしょう)
「二代」「勇作」(ゆう作」の落款を併用しない作品を発表した一時期があったのです

また、作風の多彩な東福寺の外見は、意外と真似がしやすい
そんな理由もあるでしょう

だが、とにかく、東福寺といえば初代・水野喜三郎の作品
二代といえば二代・水野勇の作品であって
その他のものは、ありていに言えば「贋作」なのだということを、再認識する必要があります

これは「二代」を「贋作の代名詞」で終わらせないためであり
また同時に、贋作の横行を防ぐ手立てでもあるのです

再び例えれば、東福寺の贋作に対して「二代目でも、とにかく東福寺には間違いないよ」などの
いままで半分くらいは有効であった「言い訳」「言い逃れ」は通用しなくなりますね

しばらくは混乱するでしょうが、これは避けて通ってはいけない道であると確信しています
私たち業者自らも、痛みを伴った改革をするべきです


平安東福寺(二代・水野勇)  梨皮泥切立雲足丸樹盆   間口16.5×奥行16.5×高さ9.8cm

父親の指導に従い、その作風の影響を素直に伝えた傑作
胴のイメージや縁の上部、また雲足の作りに初代東福寺の影が強く感じられますね


別角度より


鉢裏と足の様子


父親譲りの楓落款と自らの落款の併用


小さめの楓落款です


漢字の「勇作」の方が多いようです


平安東福寺(二代・水野勇)  均釉外縁雲足長方樹盆   間口14.8×奥行11.3×高さ4.5cm

長らく日本小品盆栽協会々長をお勤めになった阿具根登(元参議院副議長)先生の旧蔵品
傑作でしょ、二代・水野勇の真作です


やはり形、釉薬、雰囲気など初代の作風の影響が濃厚に見られます


鉢底
この楓落款が普通サイズのものです
やはり自らの落款と併用しています

2005年3月17日木曜日

たる源の話

京都の桶屋の老舗「たる源」の三代目・川尻利三郎は明治29年の生まれ
自然味を重んじた作風で知られた「豆盆栽」の名人であったそうです

「たる源」と「たる源好み」の落款の区別については

「たる源」は自ら手を染めた作品
「たる源好み」は陶工に発注製作した作品と解釈しておけばいいでしょう


たる源好み  染付丸鉢

精巧なロクロ技術
やや押さえ気味の呉須の色彩が独特の落ち着きをみせています


鉢裏
使い込みの時代感が素晴らしい


たる源好み  染付丸鉢

↑の作品とは、磁器の土目と絵付けの筆致など、雰囲気がやや異なっています
おそらく、別々の陶工に製作依頼したものでしょう


別角度


別角度


鉢裏



たる源好み  五彩長方樹盆

たまにはこのような長方鉢も存在します
五彩の愛嬌にみちた絵付けです


↑の2点とはがらっと雰囲気が違いますね
ボディーも絵付けも他の陶工へ注文依頼したものでしょう

「紅梅」の図柄です


裏正面
「松」


鉢底
落款は釘彫の「たる源好」です



側面
「蘭」の図柄ですね


側面
「竹」でしょう

2005年3月11日金曜日

水石の命名

昔の盆栽屋のほとんどが水石も扱ったもので
私も若い頃から諸先輩たちの薫陶を受けて育ちました

ですから、今では盆栽や鉢が主力の扱い商品になってはいても
いい水石に出会うと、こりゃいっちょう道楽してみよう、という気になるんです

昨日も小鉢の仕入れに行った先で、多摩川産の
そりゃあ古い持ち込みの、私好みの石に出会いました

多摩川は昔から名石の産出地として
関東では指折りの川なのです

大きさは間口13×奥行7×高さ6cmの手のひらに載る大きさで
真っ黒なまったくのウブ石です


正面より


真上より
山のてっぺんが理想的な位置にあります


裏面
凄い時代感でしょ


石裏は多摩川石独特のソゲで、手が入っていません


台座だって、これ、この通り,宙に浮かしたって外れませんよ、ピッタリです
それに、このアップ画像からも質のよさがわかりますね


気に入った石には銘をつけてやりたくなるのが常です
家に帰って晩酌をやりながら、撫で回して、ひとりでニヤニヤしながら、どんな銘が似合うかな?

今までの持ち主は、この尖った山の景から「槍」の文字を連想していたらいいんですが
それではありきたりで平凡です

この石の最大の特徴が、向かって左側の鋭角に切り立った断崖とその鋭い稜線にある、と見ていた私は
光線の角度により、山の表情が微妙に変化する様を、なんとか銘に結び付けたい考えていたのです

この山形石は右方向に向かってせり出しています
このような場合、向かって右方向からの光は、朝日と連想するのが普通です


逆に、ひと回りした日の光が、山の背(左方向)から差す頃は、夕日を連想します

この画像では、今まさに沈まんとした夕日が、切り立った断崖に照り映え
稜線はなおくっきりと鋭さを増し、さえぎられた光は山ひだに微かな明るさを与えています


更に時間が経過すると、切り立った断崖と稜線の作る影が山肌を包み
山には幽玄の闇が今まさに訪れんとしている一瞬の景色です

まあ、そんな勝手な連想から
この山形石の銘は「残照」と決めたのです

石の命名のコツは「一番美しく見える角度から何度も何度も眺めること」

それでは、勝手な自慢話、終わります

2005年2月22日火曜日

舟山鉢 2

舟山鉢の人気の秘密を幾つか具体的に挙げてみましょう

1 支那鉢の伝統に倣い、一発仕上げの手作りの味
2 盆栽を引き立てるための鉢の要素、つまり程よく制御された格調のある姿
3 実用鉢としての機能(奥行きなど)が優れている
4 土目が渋くなお且つ堅牢、しかも豊かな質感をもっている
5 その胎土の性質から、使い込みの時代感がのりやすい

おおよそこんなところでしょう

1については前項で解説しましたね

2に関して

盆栽鉢にとって基本的な要素であることは、論を待ちません

3に関して

舟山は自身が熱心で優れた盆栽愛好家であったため
現代盆栽界の潮流である太幹盆栽向きに、機能美を失わないギリギリの線まで
奥行きのある長方鉢に取り組みました

舟山は支那鉢に倣いそして挑み、それを超えたのです
その先見性と支那の定石を覆すほどの大胆な行動力には頭が下がる思いです

4と5に関して

前項とこの項の作品を見ていただければお分かりになると思います
また、この2点の作品に限らず、数十年の使い込みのよりかなりの時代ののりを見せます


舟山作  鋲打太鼓胴丸鉢  間口10.5cm





2005年2月19日土曜日

舟山鉢 1

東福寺や平安香山亡き後の日本の鉢作家を代表するといえば
まず第一に「鈴木舟山」の名が挙がるでしょう

それまでの鉢作家といえば、活動中には評価されず
亡くなってかなりの年月をおいて再評価、という形で人気が高騰するのが普通のパターンだったし

またそれが、作家の宿命ともいわれたのですが
この舟山に限っては、その常識には当てはまらなっかたのです

とにかく昔から高かったですね
とてもやわな盆栽を入れられる値段ではなかったのです

没後約20年、さらに人気は上昇、名実ともに日本実用名鉢界の最高峰と
その名を欲しいままにしている舟山鉢の秘密に迫ってみましょう


舟山作  焼締外縁雲足丸樹盆  間口8.1×奥行8.0×高さ3.0cm

中国の清朝末期に、日本向けの盆栽用樹鉢として様式が完成されたされた、中渡りの泥ものもの作品
舟山はそこに範を求め胎土と形の研究をし尽くしたといわれています

それだけに、舟山作品は中渡りの特徴を余すところなく受け継いでいて
このミニサイズの丸形樹盆も一見すると、支那鉢のような端正さとピント張り詰めた強靭さとを併せ持っています

使い込んだ時代感が引き立つ土の味
間口と奥行きと深さのバランス

すっきりとしたこの鉢姿が支那鉢に倣った舟山鉢の特徴なのです


胴の部分のタタラの合わせ目(継ぎ目)が一見無造作に残されていますね
中渡りの支那鉢にもよく見られることで、手際よい一発仕上げであることがわかります

また、縁内側への折り込み部分にも手作りの痕跡が濃厚の残され
名人・舟山の練達した技が、いかに手早くそして優れたものであったかを物語っているのです

予断ですが、この特徴は、平安東福寺にも共通しています




鉢裏にも特別に「こねくり回した」痕跡はみられませんね
仕事は手早く、それがすっきり感を生む元なのです


鉢の胴の最下部の仕上げですが、やはり折り込みの部分は、手作業の痕跡が濃厚ですね
これが微かな下紐のようなアクセントにもなって、全体の鉢姿に締まりを与えているのです

さすがです

最後に雲足です

他の鉢にも同形、同サイズの雲足があることから、型を使っていたようですが
そのヘラ痕には、手早く仕上げた「角・かど」があり、手練の技の魅力が伝わってくるのです

2005年2月15日火曜日

東福寺「霞桜」に落款発見!

1月5日のつれづれ草でご紹介した無落款の名品「霞桜」に、落款が確認されました
びっくりしましたね、まったくたまげた驚いた、でした

それにしても東福寺という人は、まったく人騒がせですね

そして、1月5日に

盆栽界には明らかに東福寺作品と断定できながら無落款の作品が存在します
無落款の様相は大まかに

1 明らかにないもの
2 釉薬の下に隠れてはっきりと識別できないもの
3 落款の押し方が弱くはっきりと識別できないもの

に区別できます

とご紹介した記事に

4 落款が何かの理由で、外見から識別しにくいもの

という一項を入れる必要があったことも思い出させてくれたのです

6~7年前のこと、やはり昔から無落款で通ってきた名品に
きっちりと落款があるのを発見した経験があるのです

その鉢は、鉢裏まで釉薬が掛かっていたもので
東福寺は、押した落款が釉薬で隠れないように、あらかじめその部分を石膏で保護しておいたのです

東福寺が、焼上がりの後にそれを剥がさなかったために、埋もれた落款は何十年も日の目を見をみられず
その鉢はずーっと無落款で通ってきてしまっていたのです

ある夜、一杯機嫌の私が、石膏の塊とはつゆとも知らず
鉢裏の小さな突起物を、爪の先でゴリゴリと強く擦っていたのでした

胸のうちは、あーあ、この鉢も落款があれば、もっと、うーんと高く売れるのになー
どっかに落款押してないのかなー
でした

と、突然、突起物がポロリと剥がれたではありませんか
一瞬、訳がわからず、しまった、やっちゃった、鉢を壊した、と思いました
一杯呑んで鉢を触らなければよかった、まずかった、手元が狂った、たちまち後悔の念

ところが、恐る恐るその突起物が剥がれた箇所を見ると
何と「東福寺」の三文字が出現しているではありませんか!

そのときの驚きと感動は、今でも忘れることができません
お酒の勢いの効用、たまにはあるんですね、ひたすら感動々々でした

もしあのとき一杯呑んでなかったら
間違いなくあんな高価な東福寺の鉢を、爪の先でゴリゴリなんてやらなかったでしょう

わしゃ、なんと運のイイ男なんだろう!

という経験のある私は、今回のこの「霞桜」にも落款があるような気がしてならなかったのです




東福寺作 銘「霞桜」 間口6.8×奥行6.8×高さ6.0cm

どうです、みなさん、いい姿でしょ
こんな銘鉢に東福寺が落款を忘れるなんて、信じられなーい






上から下、下から上、縦横斜め、なめるように探したんですよー


ナイナイナイ、どこにもナーイ

でも一箇所だけ不審な点はあったんですよ
雲足の裏側に黒いぼやけた文字らしきものが見えていて、それが「東福」らしかったのです

でも、それが例え「東福」の文字であっても、それは何代目かの蔵者のマジックペンなどによる覚え書きであろう
そう結論付けていたのです

ところが


今回、何の気なしにザット水洗いした折に、ふと見ると
その文字がやや鮮明に見えるのです

あれ!?


もう一度湿らせて見ました


マジックペンで書かれたと思い込んでいたのに、文字の上には薄く透明釉が掛かっているー!
これは落款だ、そうに違いない!


もう一度、もっと水を付けてみる
やーッ「東福」がはっきり見える、その下に「寺」も見えそー!


間違いなし、これは落款を押すスペースが少ないことに気がついた東福寺が
黒い釉薬で書いたものです

やッたー、見つけたぞッー!

これだから東福寺は油断も隙もありゃしない
最後まで諦めちゃ、い、け、ま、せ、ん、ゾ

あとがき
この東福寺「霞桜」は盆栽屋.comの頒布ページ最新入荷優良品PART56に掲載され
松戸市内の愛好家の方に買っていただいたのです
その後、奈良県のMさんの熱望により、遠方へお嫁入り直前の、入念なお化粧の最中におきた出来事でした

奈良県のMさんこそ、すごーい強運の持ち主
大当たりー!

2005年2月9日水曜日

東福寺丸鉢の(秘められた)技法

明治から大正、昭和前期にかけてのこの時代の鉢作家は
樹鉢の先進国、支那鉢にその創作の原点を見出していました

中国の宜興の堅牢な焼締めもの、景徳鎮の優美な磁器、広東地方のの瑠璃、織部釉など
それらに倣いながらも、日本人独自の感覚による自前の樹鉢を創作するための試行と模索が行われた時期でした

なかでも東福寺は,釉薬ものは広東鉢の瑠璃釉や織部釉
焼締めものにおいては、宜興の泥ものの影響を強く受けながら、温もりのある日本鉢独自の境地をめざし土と炎との格闘の連続でした

この項でご紹介する作品は松柏盆栽に似合う、支那鉢に負けない造形の確かさと土目の重厚さを併せ持った鉢です

梨皮のコクのある土の表面はまことに落ち着いた魅力を呈し
支那鉢に負けない揺るぎない造形美をも兼ね備えています

東福寺の理想とした境地にみごとに到達した、焼締めものの傑作の部類に入る作品です



さて、その東福寺の最高傑作の造形の秘密に迫ってみましょう

それ、は縁の構造にあるのです

縁の上面が外側に向かってやや下がっていますね(東福寺が影響を受けた支那鉢は縁の上面が平らなのが普通です)
また、縁の外側の角を僅かに削り込み丸みを出しています

このあたりが東福寺の天才的な造形感覚

この縁の構造こそが、支那鉢にはあまり見られない特徴で
これにより重厚感と同時に独特の温もり感が演出されているのです



どうです
角が尖った感じがありませんね
それでいて存在感は充分です

これが東福寺の隠し技なのです

おわかりですか?

2005年2月8日火曜日

赤松・自然の味

この赤松は、いわゆる「山実生」といわれる、自然界に生えた実生苗の山採り素材を
25年もの歳月丹精したもので、置き場の事情から知り合いの愛好家が放出されました

赤松人気の秘密は、盆栽の持つ自然の風情を味わいたい
そんな盆栽人の強い願望の表われでしょう

赤松は野趣を表現するには最適といえる樹種で
締めた培養にもよく耐え、年古びた木肌の荒れややさしげで繊細な枝先に見どころがあります



これが黒松ならやはり力強さを目指した培養をするでしょうが
作者は赤松本来のもつ柔らかな雅味を求め、太り過ぎないように、鉢を小さく締め続けたのです

それが功を奏し、木肌は荒れて天然の雅味が色濃く滲み
人工の匂いはすでに跡形もなく、自然界にゆったりと佇む赤松の風情を楽しめます

盆栽においては、自然らしさの表現
そこにこそ究極の醍醐味があるのです

山採り素材が少なく、人工の実生や取り木などの生産手段に頼らざるを得ない現代の盆栽界では
どうしても造形の美しさへ目がいきがちですが、盆栽本来の「自然の味」、これをも大切にして頂きたい

この項、そんな思いで記しました



肌荒れの様子